【02】ピンチな本科生
「『ざんね〜ん。倒す順番を間違えてま〜す。最初からやり直しですね〜♪』」
石造りの部屋いっぱいに鳴り響く、気の抜けるような明るい口調のアナウンス。
それと同時に、新たに2体のゴーレムが姿を現した。
「また最初からって、どういうことよ!! もう三回目なんだけど!?」
「アナウンスのとおり、倒す順番を間違えたからに決まってるでしょ!」
「す、すみません! わ、わたしの魔法がトドメを刺してしまって……」
ここはドラゴン迷宮の一室、円形の薄暗い部屋だ。
部屋の中央の天井には、黒々とした雷雲が浮かび、時折「ゴロゴロ」と放電の音を立てている。
その雷雲の下、周囲を6本の石柱に囲まれた直径17mほどの狭い窪みの中で、3人の少女と2人の男のパーティが、8体のゴーレムを相手にしているのだ。
「謝んなくていいから! で、どれからだっけ?」
「ストーンゴーレムからです!」
魔法使いらしき娘の言葉に、戦士らしき娘が頷く。
「ちょっと、こっち来ないでよー!!」
その向こうで、頭に怒りマークを浮かべた僧侶らしき娘が、襲いかかってくるゴーレムの一撃をスルリと交わした。
三人の少女の右手には、手首の部分の色が違うだけであとはお揃いの、白金のガントレットが薄らと輝いている。
マルカグラード聖騎士養成アカデミー────通称”マルカデミー”の本科生たる証、マルカデミーガントレットだ。
そして、彼女らとともに右往左往している二人の槍兵姿の男たち。
その首には、幅の広い頑丈そうな白の首輪がはめられている。
彼らは、三人娘に雇われた傭兵────『日傭生』だ。
「日傭生二人は、サンドゴーレムの足止めして! ストーンゴーレムは私がやるから!」
「スキルバレットの無駄遣いは、もうお断りなんだから! 早くしてよね!」
「こうなったら、素早いアイスゴーレムを倒しておきます?」
「ダメよ、順番通りに倒さなきゃ! まーた余計なのが増えちゃうんじゃない!?」
「あ……そ、そうですよね」
混乱するパーティが、ようやくにして体勢を整えようとしたその時だった!
天井の雷雲から「ゴロゴロゴロ!」と大きな音が響いたかと思うと、間髪入れずに「ドガシャァァン!」と稲妻が轟いた!
「グモモモモ……」
真下にいたゴーレムが稲妻に撃ち抜かれ、その胸の緑色のコアが「パァァン!」と弾け飛ぶ。
「『ざんね〜ん。倒す順番を間違えてま〜す。最初からやり直しですね〜♪』」
「ちょっ……! う、ウソでしょ!?」
「なんなのよそれ〜!!!(怒怒怒)」
「ま、また2体増えます!」
倒す順番を間違えれば、1体減っても2体増える。
さっきからそれの繰り返しで、ついにゴーレムは9体になってしまった。
狭い戦場が、益々狭くなる。
今の状況はさしづめ、ゴーレムの森に迷い込んだ三人の少女たち、といったところか。
1体1体の動きは緩慢だが、一斉に攻撃を繰り出されると避ける場所が無い。
右に避けても左に避けても、すぐにゴーレムの攻撃に晒される状況だ。
ドガッ!
「うがあああッ!」
次々に襲い来るゴーレムの猛攻を避けきれず、日傭生の一人が背中を殴られて床に転がった。
激しい痛みに身を捩らせて、悶絶している。
「ひいいい!!!」
ザグッ!
その向こうでは、もう一人の日傭生が、背後から来たアイスゴーレムに背中を斬りつけられて倒れこんだ。
「は、早く、か、回復スキルを!」
「もうスキルバレットは使い切っちゃってるんだから!!」
「ウソでしょ!?」
「グ・オ・オ・オ・オ・オ・オ!!!」
慌てる三人娘を尻目に、ゴーレムたちが一斉に、床に転がる槍兵二人目掛けて腕を振り上げる!
その時────!
「早く日傭生たちをリタイアさせろ! そこから撤退するんだ!!」
突然、部屋の隅から男の声が響いてきた。
予期せぬ出来事に、三人娘はビクリと身をすくめた。
「だ、誰!?」
ここは迷宮の奥深く。
クエスト中の彼女たち以外、他に人はいないはずだった。
「何をしてる、早くしろ!」
部屋の影から、声の主が走り出てくる。
焦げ茶色の髪の毛が伸び放題のボサボサ頭に、もみあげから鼻の下と顎まで綺麗につながった濃いヒゲ。
薄汚れた半袖シャツに半袖ズボンを履き、その上に穴の開けられた一枚布を首からすっぽりと羽織り、腰紐で結んでいる。
腰には革製のポーチを下げ、足は紐止めした麻のサンダルを履いている。
────”自称”迷宮管理人のビクトル=ヒエルマンだ。
と言っても、三人娘にとっては、どこからどう見ても怪しげな浮浪者だろうが……。
「安心しろ、俺の言う通りにやれば、キミたち三人だけでもここはクリアできる! 今は体勢を立て直すのが先決だ!」
ボサボサの前髪の間から覗く鳶色の瞳は、真剣そのものだ。
言葉の端々にも、とても演技とは思えない、鬼気迫るものが感じられた。
「うぎゃあああああああっ!!!」
「うげふっ! がはっ!!!」
そうしているうちにも、ゴーレムの腕が次々に床に転がる男たちを打つ!
魔法使い娘がハッとして、右手にはめた白金のガントレットを振り上げた!
もはや彼女たちに、彼らの重傷を癒している余裕はない。
今すぐリタイアさせれば、聖騎士養成都市マルカグラードにある『リタイア部屋』の手厚い看護によって、一命は取り留めるだろう。
そして数日の内には、元の元気を取り戻すはずだ。
「我、汝らの離脱を承認する────!」
バッと勢い良く右手を振り下ろすと、白金のガントレットが真っ白な光を放つ。
同時に、二人の男の身体が白い光に包まれて、やがて跡形もなく消え失せた。
「よしっ、いいぞ! 一旦、前の部屋へ戻ろう! ゴーレムはその窪みから出られないから大丈夫だ!」
ヒゲもじゃ男の手招きに、戦士娘と僧侶娘は訝しげな表情を浮かべながらも、顔を見合わせて頷いた。
「これは一時的な戦略的転身なんだからね!!」
ピンチに陥った三人娘の前に颯爽と現れたヒゲもじゃ男ビクトル!
どうなるこのあと!?