【17】ミートワーム女王
「(あっさり、女王の間まで来やがった……。マジで、ハンパねえな)」
ミートワームの森を駆け抜けた、と言ってもいいだろう。
短髪の少女戦士は、早くもミートワーム女王の5匹のガードたちと交戦を繰り広げていた。
しかしここでも、彼女はミートワームを圧倒し、寄せ付けない。
飛び交う糸を切り裂いて、緑の血飛沫が上がるとともに、ミートワームの情けない呻き声だけが洞窟内に木霊した。
「ギチギチギチギチ……」
それを見守る蛾のような姿をしたミートワーム女王が、怒りに震えて節足を掻き鳴らす。
他のミートワームたちと同様、目はない。
小刻みに蠢く細長い触覚が、暗闇でも敵の位置を正確に探り当てるのだ。
怒りに赤い唇をめくり上げ、獣のように鋭い二本の牙を剥き出しにして、威圧するかのように鋭く尖った歯をカチカチと鳴らしている。
細長い節足の一番前の対が、カマキリのように鋭い刃となっている。
不用意に近づこうものなら、一瞬にして切り裂かれるだろう。
太くて長い腹袋は、地面にドッカリと付いている。
その周りには『ミートワームの水晶体』があちこちに張り付いて、白い光を放っていた。
その背後には、毒糸で作られた、大きな水滴型のものが天井からぶら下がっている。
ミートワームの巣だ。
卵から孵化したばかりのミートワーム幼体が、糸の間から顔を覗かせ、獲物の気配を嗅ぎ取るかのように、身をうねらせている。
その中には、次の部屋に進むためのカギが入った宝箱も置かれている。
女王を倒さなければ、この先には進めないのだ。
突然、女王が横にヒュンと動いた。
激しい羽ばたきに、「ゴオ」と音を立てて、鱗粉を含んだ強風が短髪の少女戦士を襲う。
「ふんっ!」
短髪の少女戦士は大きく宙に舞い上がり、クルクルと伸身宙返りで距離を取った。
「ぎゃああ! 痛たたたっ!!」
後ろで控えていた日傭生たちが声をあげる。
女王の鱗粉には、やはり、毒が含まれているのだ。
女王は激しくジグザグに動きながら、短髪の少女戦士との距離を詰めていく。
地表に引き摺るその大きな腹袋が、ズリズリと音を立てていた。
「(距離を詰めて、毒糸の網で絡めとるつもりだな)」
女王の毒糸は、蜘蛛の巣状に広がって獲物に襲い掛かる。
絡め取られれば、為す術は無いだろう。
背後で数匹のミートワーム幼体が、獲物が捕らえられるのを今か今かと待ち構えている。
短髪の少女戦士は、油断なくバトルナイフを構えると、ニヤリと笑った。
「来い。お前の攻撃は、わたしに通用しないことを証明してみせよう」
「(自信過剰か、本物か……いや……)」
答えはすでに出ている。
瞬間、女王がブルンと大きく水平に円を描くように回ると、その大きな腹袋がグイッと持ち上がる。
そして短髪の少女戦士に向けて、腹の先から毒の網を迸らせた!
同時に、短髪の少女戦士が宙に飛ぶ!
誰もが「絡め取られる!」と思ったその瞬間、女王が放った毒の網は、無残にも切り裂かれていた!
なんという早業だろう!
そんな短髪の少女戦士に向かって、ミートワーム女王が凶悪な鎌を振り上げる!
「うおおおおお!!」
雄叫びと共に、短髪の少女戦士がグルグルと横に回転しながらミートワーム女王に真っ向から打ち掛かっていく!
シュキィン! ブシャリ!!
女王の鎌と、少女のバトルナイフが交錯し、閃光が走る。
次の瞬間には、女王の腰から下が、スッパリと斬り裂かれていた。
「ヒギェェェェ!!!」
緑の液体をまき散らしながら、女王が上体だけでブワンと大きく宙を舞う。
怒りに顔を歪め、大口を開けてその牙を光らせる。
そして床に降り立った短髪の少女戦士目掛けて、鎌を振り上げ突進した。
「はっ!」
素早く壁に向かって飛ぶ短髪の少女戦士!
タンッ! ブンッ!
女王が鎌を振り下ろす寸前に壁を蹴り上げると、華麗な背面跳びで女王の背後へと回り込んだ!
そして目にも留まらぬ早さで剣撃を繰り出す!
ズバババババッ!
「ヒギィィィィィ!!」
その羽根を無残に切り裂かれ、「ベチーン!」と酷い音が響いて女王の上体が地面に叩きつけられる。
「地這砂塵斬り!!」
その機を逃さず、女王に向けて、ダッカドがスキルを繰り出した。
「ギヒャアアアァァァァッ……!」
ダッカドの一撃は、見事に女王の首を跳ね上げた。
不気味な断末魔が尾を引いて、洞窟の隅々まで木霊する。
「『お見事です〜。ミートワームの女王討伐で〜す』」
どこからか、あの気の抜けるようなアナウンスが鳴り響いた。
ゴツゴツした地面に、スタリと華麗に降り立つ短髪の少女戦士。
ブンとバトルナイフについた緑の液体を振り払うと、何事もなかったかのように、スタンと鞘に納めた。
……あれだけの戦闘を繰り広げながら、全くの無傷だ。息すら上がっていない。
「きゃあああ、すごいです!」
フォレシアン娘のお嬢が歓声を上げて拍手を送る。
「(確かに……すごいの一言だ)」
「野郎ども、仕上げだ!」
デクスターの声に、日傭生たちが「おう!」と声をあげる。
そしてまだ息のあるガードや、残された数匹のミートワーム幼体に殺到し、メッタ刺しにしていった。
さすがにこうなると、多勢に無勢だ。
ミートワームたちは抵抗する間もなく、その身を地表に横たえていく。
「ダッカドの兄貴! この扉、カギがかかってやがるぜ!」
第二の部屋に続く大扉の前で、デクスターが意気揚々と声を上げる。
「あそこに何か無いか探すんだ。付近もくまなく捜索しろ」
落ち着き払ったダッカドが、ミートワームの巣を指し示した。
こういうところは、冷静で心得ている。
ダッカドたちが扉のカギを探し回り始めたのを見届けて、ビクトルはそっと腰を上げた。
そしてその場を去ろうとした時、短髪の少女戦士の呟きが、聞こえた気がした。
「許せ。間もなくわたしも、そうなる運命だ」と────。
第一の部屋をあっさりクリア。ビクトルも舌を巻くしか無いですが、何か、事情もありそうですね?