【15】第一の部屋
「うわああああ!」
絶叫とともに、ミートワームの糸に絡め取られた日傭生が床に倒れこんだ。
手にしていた松明が床に転がり、暗闇の淵が一団に迫り来る。
暗闇の奥には白く光る無数の点が、ユラユラと怪しげに蠢いていた。
「キシイイィィィッ!!」
この機を逃さず、転がりまわる日傭生に向かってミートワームが牙を剥く。
「せいっ! 天翔飛燕斬り!」
横からターバン頭のダッカドが素早く詰め寄って、ミートワームに向かって曲刀を斬り上げた。
ザシュッ!!
右手のマルカデミーガントレットが白い光を放ち、曲刀の刀身が白い軌跡を描いてミートワームを切り裂いた。
「ブシャシャシャ!」と緑の液体をまき散らしながら、ミートワームの青白くて細長い身体がボトリと落ちていく。
「熱い熱い熱いっ!! ひぎいい! た、助け……!!」
糸に絡め取られた日傭生が、情けない声を上げてのたうち回っている。
ミートワームの糸には、毒性の粘液が絡みついているのだ。
皮膚に触れれば、焼きゴテを当てられたような痛みが走るという。
「おい、明かりを早くしろ! 全然、見えねえだろ!」
両手斧を振り回しながら、ハゲ頭のデクスターが罵声を浴びせる。
「怪我人は後ろに下げろ! お嬢、治癒を頼む」
冷静に指示を出すダッカドも、ミートワームを相手にするのに精一杯のようだ。
後方に控えていた日傭生たちが、慌てて倒れこんだ男を入口の外まで引きずって行き、代わりに一人が松明を拾い上げた。
「は〜い、解毒と治癒はお任せ下さいね〜」
”お嬢”と呼ばれたフォレシアン娘が、大きな耳をピンと立て、細い目をニコニコさせて返事を返した。
その横で、あの短髪の原種アッグル娘も静かに佇んでいる。
どうも、他の日傭生とは様子が違う。
フォレシアン娘のお嬢に寄り添い、ジッと、戦況を伺っているようだ。
まだ入り口付近。
5匹ほど倒しただけだが、早くも三人の日傭生がミートワームの毒糸の餌食になっていた。
この先、ゆうに70匹以上は相手にしなければならないというのに。
「(ははは、出だしからこれじゃ、先が思いやられるぜ。せめて弓兵でも連れて来い、っての)」
ここはドラゴン迷宮、第一の部屋『毒糸の間』────。
『迷宮管理人ルート』から天井裏に忍び込んだビクトルは、この様子を悠然と見下ろしていた。
洞穴の斜め上付近が一部、マジックミラーになっていて、そこから下の状況が観察できるのだ。
第一の部屋、というが、ほとんど通路と言ってもいいだろう。
高さ3m、幅3mほどの洞窟が、蛇のようにウネウネとうねりながら緩やかに下り、第二の部屋の前まで続いている。
その天井から壁から地面から、ミートワームが縦横無尽に這い回っている。
彼らは肉食で、凶暴だ。
体表は白く、太さ30cmほど、体長4m以上の引き締まった細長い身体をしている。
目は無く、頭の先にはパックリと開いた大きな口に、唇のような赤いラインが入っており、気味の悪い風貌だ。
その口の中には、グルリと鋭い牙が生え揃い、さらにその奥にも小さくて細かい歯が無数に覗いている。
一度噛み付かれれば、鋭い牙が食い込んで離さない構造というわけだ。
熱源を感知して、暗闇でも自由に這い回り、近づく者には手当たり次第に襲いかかってくる。
そして、お尻の部分がホタルのように明るく光るようになっている。
暗闇の中で、獲物をおびき寄せるためのようだ。
その『ミートワームの水晶体』と呼ばれる光る石は、寄せ集めれば松明代わりにも使うことができる。
さらに通路の最奥の少し開けた場所には、毒糸で覆われた巣があって、ミートワームの女王がいる。
蛾のような体躯に大きな腹袋を引き摺るようにして飛び、風の攻撃魔法を繰り出してくるのだ。
その女王の攻撃力が高いのは言うまでもなく、女王の近辺をガードする5匹ミートワームも、他のヤツらより一回り身体がデカくて荒々しい。
入口付近の雑魚で手間取っているようでは、女王すら倒せるか怪しいところだ。
「ちっくしょ! 糸が絡みついて、切れ味が鈍っちまうぜ!」
「デクスター、スキルで確実に仕留めろ」
「はあっ? まだ入ったばっかりだぜダッカドの兄貴! こんなところでスキルなんか使ってられっかよ!」
「そうも言っておれん。先に進むのが先決だ」
光る尻から吹きかけてくる糸は、毒粘液が纏わり付いているだけではない。
粘着性が強く、武器の切れ味を鈍らせるのだ。
スキルを惜しんでいては前に進めない、ダッカドの言う通りだ。
いきなり苦境に立たされた様子の一団に、ビクトルは思わず「フフリ」とほくそ笑んだ。
この限られた空間では、先頭で武器を振るうには三人が精一杯だろう。
近接職が大勢居ても、その集団戦闘力を活かしづらいのだ。
腕の立つ者が一人で切り込んで、後ろからトドメを刺しながら進む方がまだマシと言える。
多くの近接職、特にスキルを持たない日傭生にとっては、試練の間なのだ。
ただし、ミートワームは魔法攻撃にはめっぽう弱い。
雷・氷・風のどれか得意な魔法使いがいれば、わりとさくさく進めるのだ。
火にも弱く、毒糸は燃えやすい。
反面、その毒粘液が燻されると、眼や鼻の粘膜をやられて戦いにならなくなる。
この狭い空間とも相まって、一番使ってはならない戦法だ。
ビクトルのオススメは、風の精霊魔術で通路を進み、女王には雷の精霊魔術を使う手順だ。
まあ、きっちり下調べでもしていなければ、なかなかそれを満たすパーティはいないのだが。
ビクトルとしては、できれば『組織』には関わり合いたくない。
だから今回は、助言をするつもりなど毛頭ない。
このまま苦戦し続けて、あっさりクエストリタイアしてくれれば幸いだ。
そうなれば、直接に手を下さずとも、少しは溜飲が下がる思いでもある。
「みなさ〜〜ん、がんばって前進しましょう〜」
日傭生の治癒を終えたフォレシアン娘のお嬢が、脳天気な声援を送っている。
その左手につけたマルカデミーガントレットの手首の色は────黄色だ。
この、手首の部分の丸い輪っかの色は、おおまかに、メインクラスの職業タイプを表している。
赤:戦士
黄:アーチャー、スカウト、レンジャー
緑:魔法使い、ドルイド、バード
青:僧侶、騎士
紫:呪術師
マルカデミーの本科生たちが、見知らぬ者同士でパーティーを組む際の参考用に、ということらしい。
ちなみにマルカデミーの『魔法』は、精霊が司る『火雷土氷水風』の六大属性に加え、『聖』『闇』の超常属性によって体系化されている。
上の職業で言えば、緑の魔法使い・ドルイド・バードが六大属性の使い手、青の僧侶・騎士が聖属性の使い手、紫の呪術師が闇属性の使い手、と考えればいいだろう。
ひとまず、フォレシアン娘のお嬢は、アーチャー、スカウト、レンジャーのいずれかということになる。
あとはフォレシアンだから、何か先天性精霊力者のスキルを持っているはずだが……。
「(『組織』が狙ったということは、強力な戦闘スキルではない、って気がするな。治癒と解毒ができるってことは、サブクラスが僧侶かドルイドだろう。それもまあ、『組織』にとって便利ではあれ、脅威ってほどではないだろうし)」
心の何処かで、男たちに復讐したい思いもある。
とはいえ、男たちは所詮、実働部隊。
その黒幕は誰ともつかない相手だ。
変に動いて自分の存在を気づかれようものなら、この生活も奪われかねない。
「(戦力を見る限り、クエストクリアは無いな。まあせめて、この部屋ぐらいはクリアしてくれよ)」
ビクトルの攻略法をもってしても、戦士だけのパーティでは、ドラゴン討伐はなかなかキツイものがある。
よほどの突出した攻撃力でも無ければ、レイスやイフリートを倒すのに一苦労するだろう。
モンスターを残してリタイアされれば、残り物さらいも捗らない。
せめてミートワームの肉だけでも手に入れておきたいところだった。
「(見てくれはアレだが、肉質は鶏肉のようでジューシーだからな)」
さらに、この奥で控えるミートワーム女王の巣には、キノコともやしが生えている。ミートワームの肉に添えればなかなか贅沢な食事となるのだ。
それに加えて、ミートワームの排泄物も利用可能だ。
乾かして、少量を火にくべれば、その毒性が作用して虫除けになる。
その他にも、毒粘液のついた糸を棒で絡めとって森にでも放置しておけば、昆虫や鳥、小動物などを捕らえる罠にもなる。
「(ヘッヘッヘッ、たのむぜダッカドのクソ野郎。少しは役に立ってくれよ)」
そう思いつつも、前進もままならないダッカドとデクスターの様子に、ヒゲ男ビクトルはニヤニヤとせずには居られなかった。
早速苦戦してるみたいですね。このままあっさりリタイア……?