表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
飛んで火に入るドラゴン迷宮管理人  作者: みきもり拾二
◆第二章 ドラゴン迷宮管理人の困惑
15/68

【15】第一の部屋

「うわああああ!」


 絶叫とともに、ミートワームの糸に絡め取られた日傭生が床に倒れこんだ。

 手にしていた松明が床に転がり、暗闇の淵が一団に迫り来る。

 暗闇の奥には白く光る無数の点が、ユラユラと怪しげに蠢いていた。


「キシイイィィィッ!!」


 この機を逃さず、転がりまわる日傭生に向かってミートワームが牙を剥く。


「せいっ! 天翔飛燕斬り!」


 横からターバン頭のダッカドが素早く詰め寄って、ミートワームに向かって曲刀を斬り上げた。


 ザシュッ!!


 右手のマルカデミーガントレットが白い光を放ち、曲刀の刀身が白い軌跡を描いてミートワームを切り裂いた。

 「ブシャシャシャ!」と緑の液体をまき散らしながら、ミートワームの青白くて細長い身体がボトリと落ちていく。


「熱い熱い熱いっ!! ひぎいい! た、助け……!!」


 糸に絡め取られた日傭生が、情けない声を上げてのたうち回っている。

 ミートワームの糸には、毒性の粘液が絡みついているのだ。

 皮膚に触れれば、焼きゴテを当てられたような痛みが走るという。


「おい、明かりを早くしろ! 全然、見えねえだろ!」


 両手斧を振り回しながら、ハゲ頭のデクスターが罵声を浴びせる。


「怪我人は後ろに下げろ! お嬢、治癒を頼む」


 冷静に指示を出すダッカドも、ミートワームを相手にするのに精一杯のようだ。

 後方に控えていた日傭生たちが、慌てて倒れこんだ男を入口の外まで引きずって行き、代わりに一人が松明を拾い上げた。


「は〜い、解毒と治癒はお任せ下さいね〜」


 ”お嬢”と呼ばれたフォレシアン娘が、大きな耳をピンと立て、細い目をニコニコさせて返事を返した。


 その横で、あの短髪の原種アッグル娘も静かに佇んでいる。

 どうも、他の日傭生とは様子が違う。

 フォレシアン娘のお嬢に寄り添い、ジッと、戦況を伺っているようだ。


 まだ入り口付近。

 5匹ほど倒しただけだが、早くも三人の日傭生がミートワームの毒糸の餌食になっていた。

 この先、ゆうに70匹以上は相手にしなければならないというのに。


「(ははは、出だしからこれじゃ、先が思いやられるぜ。せめて弓兵でも連れて来い、っての)」


 ここはドラゴン迷宮、第一の部屋『毒糸の間』────。


 『迷宮管理人ルート』から天井裏に忍び込んだビクトルは、この様子を悠然と見下ろしていた。

 洞穴の斜め上付近が一部、マジックミラーになっていて、そこから下の状況が観察できるのだ。


 第一の部屋、というが、ほとんど通路と言ってもいいだろう。

 高さ3m、幅3mほどの洞窟が、蛇のようにウネウネとうねりながら緩やかに下り、第二の部屋の前まで続いている。


 その天井から壁から地面から、ミートワームが縦横無尽に這い回っている。

 彼らは肉食で、凶暴だ。


 体表は白く、太さ30cmほど、体長4m以上の引き締まった細長い身体をしている。

 目は無く、頭の先にはパックリと開いた大きな口に、唇のような赤いラインが入っており、気味の悪い風貌だ。

 その口の中には、グルリと鋭い牙が生え揃い、さらにその奥にも小さくて細かい歯が無数に覗いている。

 一度噛み付かれれば、鋭い牙が食い込んで離さない構造というわけだ。

 熱源を感知して、暗闇でも自由に這い回り、近づく者には手当たり次第に襲いかかってくる。


 そして、お尻の部分がホタルのように明るく光るようになっている。

 暗闇の中で、獲物をおびき寄せるためのようだ。

 その『ミートワームの水晶体』と呼ばれる光る石は、寄せ集めれば松明代わりにも使うことができる。


 さらに通路の最奥の少し開けた場所には、毒糸で覆われた巣があって、ミートワームの女王がいる。

 蛾のような体躯に大きな腹袋を引き摺るようにして飛び、風の攻撃魔法を繰り出してくるのだ。


 その女王の攻撃力が高いのは言うまでもなく、女王の近辺をガードする5匹ミートワームも、他のヤツらより一回り身体がデカくて荒々しい。

 入口付近の雑魚で手間取っているようでは、女王すら倒せるか怪しいところだ。


「ちっくしょ! 糸が絡みついて、切れ味が鈍っちまうぜ!」

「デクスター、スキルで確実に仕留めろ」

「はあっ? まだ入ったばっかりだぜダッカドの兄貴! こんなところでスキルなんか使ってられっかよ!」

「そうも言っておれん。先に進むのが先決だ」


 光る尻から吹きかけてくる糸は、毒粘液が纏わり付いているだけではない。

 粘着性が強く、武器の切れ味を鈍らせるのだ。


 スキルを惜しんでいては前に進めない、ダッカドの言う通りだ。

 いきなり苦境に立たされた様子の一団に、ビクトルは思わず「フフリ」とほくそ笑んだ。


 この限られた空間では、先頭で武器を振るうには三人が精一杯だろう。

 近接職が大勢居ても、その集団戦闘力を活かしづらいのだ。

 腕の立つ者が一人で切り込んで、後ろからトドメを刺しながら進む方がまだマシと言える。

 多くの近接職、特にスキルを持たない日傭生にとっては、試練の間なのだ。


 ただし、ミートワームは魔法攻撃にはめっぽう弱い。

 雷・氷・風のどれか得意な魔法使いがいれば、わりとさくさく進めるのだ。


 火にも弱く、毒糸は燃えやすい。

 反面、その毒粘液が燻されると、眼や鼻の粘膜をやられて戦いにならなくなる。

 この狭い空間とも相まって、一番使ってはならない戦法だ。


 ビクトルのオススメは、風の精霊魔術で通路を進み、女王には雷の精霊魔術を使う手順だ。

 まあ、きっちり下調べでもしていなければ、なかなかそれを満たすパーティはいないのだが。


 ビクトルとしては、できれば『組織』には関わり合いたくない。

 だから今回は、助言をするつもりなど毛頭ない。

 このまま苦戦し続けて、あっさりクエストリタイアしてくれれば幸いだ。

 そうなれば、直接に手を下さずとも、少しは溜飲が下がる思いでもある。


「みなさ〜〜ん、がんばって前進しましょう〜」


 日傭生の治癒を終えたフォレシアン娘のお嬢が、脳天気な声援を送っている。

 その左手につけたマルカデミーガントレットの手首の色は────黄色だ。


 この、手首の部分の丸い輪っかの色は、おおまかに、メインクラスの職業タイプを表している。


 赤:戦士

 黄:アーチャー、スカウト、レンジャー

 緑:魔法使い、ドルイド、バード

 青:僧侶、騎士

 紫:呪術師


 マルカデミーの本科生たちが、見知らぬ者同士でパーティーを組む際の参考用に、ということらしい。


 ちなみにマルカデミーの『魔法』は、精霊が司る『火雷土氷水風』の六大属性に加え、『聖』『闇』の超常属性によって体系化されている。

 上の職業で言えば、緑の魔法使い・ドルイド・バードが六大属性の使い手、青の僧侶・騎士が聖属性の使い手、紫の呪術師が闇属性の使い手、と考えればいいだろう。


 ひとまず、フォレシアン娘のお嬢は、アーチャー、スカウト、レンジャーのいずれかということになる。

 あとはフォレシアンだから、何か先天性精霊力者(グァルノイド)のスキルを持っているはずだが……。


「(『組織』が狙ったということは、強力な戦闘スキルではない、って気がするな。治癒と解毒ができるってことは、サブクラスが僧侶かドルイドだろう。それもまあ、『組織』にとって便利ではあれ、脅威ってほどではないだろうし)」


 心の何処かで、男たちに復讐したい思いもある。

 とはいえ、男たちは所詮、実働部隊。

 その黒幕は誰ともつかない相手だ。


 変に動いて自分の存在を気づかれようものなら、この生活も奪われかねない。


「(戦力を見る限り、クエストクリアは無いな。まあせめて、この部屋ぐらいはクリアしてくれよ)」


 ビクトルの攻略法をもってしても、戦士だけのパーティでは、ドラゴン討伐はなかなかキツイものがある。

 よほどの突出した攻撃力でも無ければ、レイスやイフリートを倒すのに一苦労するだろう。


 モンスターを残してリタイアされれば、残り物さらいも捗らない。

 せめてミートワームの肉だけでも手に入れておきたいところだった。


「(見てくれはアレだが、肉質は鶏肉のようでジューシーだからな)」


 さらに、この奥で控えるミートワーム女王の巣には、キノコともやしが生えている。ミートワームの肉に添えればなかなか贅沢な食事となるのだ。


 それに加えて、ミートワームの排泄物も利用可能だ。

 乾かして、少量を火にくべれば、その毒性が作用して虫除けになる。

 その他にも、毒粘液のついた糸を棒で絡めとって森にでも放置しておけば、昆虫や鳥、小動物などを捕らえる罠にもなる。


「(ヘッヘッヘッ、たのむぜダッカドのクソ野郎。少しは役に立ってくれよ)」


 そう思いつつも、前進もままならないダッカドとデクスターの様子に、ヒゲ男ビクトルはニヤニヤとせずには居られなかった。




早速苦戦してるみたいですね。このままあっさりリタイア……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ