【14】運命の出会い
「……おっ! キタキタキタキター!!」
望遠鏡を覗きこむ先、ようやくに、木々の向こうから人影が姿を現した。
見えてきたのは大人数の一団だ。
どこかの領主のものらしき幟旗も掲げられている。
そして一団の真ん中で神輿に乗った娘の姿。
周囲を日傭生らしき槍兵の男たちが数人、取り囲んでいる。
「おおおお! ありゃあ、貴族の娘に間違いない! しかも領主の姫さまクラスだな!」
高額報酬が間違いなく期待できる! と心踊らせる。
やがて、近づいてくる一団の姿が、徐々に鮮明になってきた。
神輿に乗っている貴族娘と思しき少女は、白い日傘をさしている。
プラチナブロンドに輝く髪の毛は柔らかなウェーブを描き、その頭の上には大きなケモノの耳がついていた。
「……フォレシアンか! 本科生になるなんて、珍しいな」
フォレシアンは、北アグリア大陸の北西部にある『ディープグリーン』と呼ばれる深い森に古くから住んでいる原住民族だ。
寒さにも暑さにも強く、通常の人では及びもつかない場所でも集落を形成することがある。
そしてほぼ間違いなく、先天性精霊力者だ。
だからマルカデミーガントレットとの相性はいい。
しかし、出世欲がなく自由人気質な性格が多いため、マルカデミーにフォレシアンはほとんどいない。
「ま、彼女には、何か理由があるんだろ」
望遠鏡で、フォレシアン娘をマジマジと覗き見る。
フォレシアン特有の細い目は、どこか微笑んでいるようで、丸みを帯びた頬は柔らかそうだ。日焼けを嫌った白い肌に、白いフリルがいっぱいついた薄紫色のドレスを身にまとっている。
「ふむ〜〜ん、俺の好みとしては、フォレシアンは対象外なんだよなぁ……」
ニヤニヤしながらも、ちょっと残念そうに呟くビクトル。
フォレシアンは総じて、小柄な種族だ。
男も女も、耳先を含めても、160cmを超える者はまずいない。
そして身体つきも、どちらかというと子供っぽい人物が多い。
当の貴族娘も、どうやらその傾向に当てはまっている。
「もっとこう、グラマラスなだな……へへへっ……」
出るところは出て、なおかつ、しっかりした腰つきの張りのあるお尻をした女性がタイプなのだ。
そんなことをニヤニヤと考えている時だった。
望遠鏡の端に映った顔に、一瞬にして、ビクトルは魅入られた。
「……おおおっ! あれは、女の子じゃないか?」
神輿に乗ったフォレシアン娘のすぐ横を歩く日傭生の一人。
やや赤紫に近い色の、燃えるような短髪頭。
キリッと結んだ眉と口に、大きな赤紫色の瞳が、自信に満ち溢れてキラキラと輝いていた。
肌は透き通るように白い。
そして淡い紅が色づく唇が、どこか妖しげで艷やかだった。
胴と腰が一体となった革製の地味な防具に、金属製の簡素なブレストプレート。
白く覗いた細い腕には、肘から手首まで布製のサポーターをはめ、指先の出る革製のグローブをはめていた。
脚は黒のニーソックスに履き古したような革製のハーフブーツ。
一見、少年のようにも見えたが、体つきと革鎧からスラっと伸びた白い太ももは、女の子らしい丸みを帯びたものだった。
「原種アッグルか! 絶滅危惧種にこんなところでお目にかかれるなんて……!」
原種アッグルは、一番古くからこの北アグリア大陸に定住していたとされる種族だ。
自然を崇拝し、怪しげな『秘術』を駆使すると言われている。
体型は170cm前後。
自分に厳しく、他者に寛容な性格の持ち主が多いと聞く。
そして何より、原種アッグルの特徴は、『碧い肌』と称されるその白い肌だろう。
実際に青いわけではなく、イスパンに近い白い肌だ。
イスパンが日焼けに弱く、シミやそばかすができやすいのに対し、原種アッグルは日焼けに強く色褪せないと言われている。
どこか妖しさのある美しさを保ち、碧玉のような輝きを放っているのだと。
真相は定かではないが、かつての偉人たちが、原種アッグルの女を巡って争いを起こしたという逸話もあるほどだ。
南方のリムタール帝国では、祖父と父と息子が、一人の原種アッグルの豪族の姫を巡って骨肉の争いを繰り広げたとか。
北アグリア大陸統一の道筋を作り上げた魔物王ビクトル=マルカーキスもまた、原種アッグルの豪族の姫を妾として迎え入れ、子を成したと英雄譚では語られていた。
「……たしかに、これは……」
吸い寄せられるようにして、原種アッグルの少女を見つめるビクトル。
珍しい人種を目の当たりにしたというだけではない何かが、胸の中で沸々と沸き上がってきていた。
「全体、止ま〜れ〜〜ッ!」
先頭を行く男の声に、ハッと我に返る。
気づけば一団は、ドラゴン迷宮の大正門前まで辿り着いていた。
望遠鏡を脇によけて、肉眼で一団を眺め見る。
「……アイツ!?」
娘の神輿の後ろ、馬に乗るターバン頭の男を見た時に、ビクトルはビクッとなった。
褐色の肌に、肩辺りまで伸びた黒髪と細く伸びた顎ヒゲ。
白の長袖の上から黒の布をたすき掛けのように羽織り、幅の広い腰ベルトで止めている。
刃渡りの長い曲刀を腰に下げ、だぶついた黒のズボンに黒の革靴。
そして、鷹のように鋭い濃い灰色の瞳。
それは見覚えのある顔だった。
「見覚えがあるどころじゃねえ……! 忘れもしない、あの野郎だ……!」
ビクトルの脳裏に焼き付いた、あの光景と男の言葉が蘇る。
「『────愚か者よ、精算の時だ』」
ターバンを巻いたその男の名は、ダッカド。
あの古びた館に出入りする日傭生の中に、よく見た顔の一人だ。
そしてダッカドの後ろに、馬を止めるハゲ頭の男。
背中に大きな両手斧を背負い、大柄な隆々とした筋肉を見せつけるように上半身は裸だ。
肩当てを止める革帯を胸元でクロスさせ、腰ベルトから草摺を垂らし、黒いズボンに金属製のブーツを履いている。
その男にも見覚えがあった。
二人とも、右手にマルカデミーガントレットをはめていた。
手首の色は、赤だ。
「────ダッカドと、デクスター。アイツら、編入してやがったか……!」
ヒゲ男ビクトルを、絶望の淵に突き落とした『組織』の男たちだ。
まさか最上級クエストにまで出向いてくるとは、予想だにしていなかった。
それだけ、二人は順調に強くなっているということなのか……?
耐え難い劣等感と怒りが込み上げてきて、ギリギリと歯ぎしりをする。
となると、神輿に乗っているフォレシアン娘は、ビクトルと同じく『組織』の『ポイント集め』に利用されている……?
そして、あの原種アッグルの少女は、ヤツらの仲間だというのか……?
上得意どころの騒ぎではない。
愉悦に浸っていたこの生活に、突如として暗雲が立ち込めた瞬間だった────。
<第一章 ドラゴン迷宮管理人の愉悦 終>
あああ、そういう運命ですか……。この先に待ち構えてそうな苦難に、どう立ち向かっていくのか? 飛んで火に入る夏の虫にならないことを、願うッ!