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飛んで火に入るドラゴン迷宮管理人  作者: みきもり拾二
◆第一章 ドラゴン迷宮管理人の愉悦
12/68

【12】転落

 マルカデミー本科生となって4年目を迎える頃────。


 馬鹿騒ぎしていた友人たちも、何人かはマルカデミーを去り、残った者はさすがに卒業を意識し始めて、真面目に講義やクエストをこなすようになっていた。

 しかしビクトルは、まだ遊び足りなかった。


 そして、新たな遊び仲間を求める内、とある古びた館に出入りするようになったのだ。

 そこは街の端の暗い一角で、治安の良いマルカグラードでも女が一人で出歩くには注意が必要な区画だった。

 そんな区画の墓地横に、貴族の老婆が二人の召使いと暮らす古びた館はあった。


 どういう理由かは知らないが、数人の本科生たちに無償で部屋を貸し、騒ぐがままに任せていた。

 老婆が言うには、「私の眼鏡に叶う優秀な子たちなのよ」ということだったが……。

 しかも、「マルカデミーポイントは後々に取っておきなさい」と、朝と夜の食事と、飲み代まで都合してくれていたのだ。


 決して、老婆の言う程には、他の本科生たちが優秀なようにも見えなかったが。

 確かに彼らはクエスト経験が豊富で、マルカデミーポイントを稼ぎまくっていた。

 しかしそれは、館に出入りする顔見知りの日傭生とともに、数の力に任せて初級〜中級クエストを制するやり方だ。


 それなら自分にも出来そうだ、なんて思わずにはいられなかった。


 そのことを羨んでいた矢先、ある日突然、老婆にビクトルはその一員として認められることになったのだ。

 別に何をするでもなく、館の中で酒を飲み、ただ一緒に騒いでいただけなのに。

 もちろんビクトルは、天にも昇る思いだった。

 宿代すら払わなくていいばかりか、24時間遊び続けられる。


 そしてビクトルも彼らのパーティに混ぜてもらい、クエストに出るようになった。

 おかげで、大した貢献もしないのに、マルカデミーポイントを稼ぎまくれるようになったのだ。


 そうしてパーティについていく内、モンスターの攻撃パターンや弱点を見抜く能力が磨かれたようだ。

 戦闘にはあまり参加しないものの、「ビクトルのアドバイスは的確だ」と仲間たちが褒めてくれるようになった。

 その話をすると、老婆も「やはり私の眼鏡に狂いはなかった」と、殊の外、喜んでくれた。


 そんなこんなでメインクラスのレベルもすぐに上がり、Cランクとなった。

 サブクラスの取得時には、迷わず教官オススメのバードを取得した。

 バードは歌や楽器演奏によって、集団エンチャントを掛けるエンチャント特化職だ。

 大勢の日傭生を率いて、パーティを支援するには打ってつけだった。


 おかげで、その年のモンスターカーニバルでは、トップ10に迫る活躍も残した。

 マルカデミーに名を轟かせる英雄に昇り詰めるまで、あとわずか。


 1年も経たずに、講義3年分のマルカデミーポイントを一気に稼いだ。


 古びた館では、時折、老婆が友人を招いてパーティを開くことがあった。

 そうした時には、本科生も皆、良い身なりをして客人を出迎えた。

 客人の中には、自警団幹部や都市議会議員、州議会議員などのお偉いさんまでいた。


「『キミたち、選ばれし優秀な本科生の未来に乾杯!』」


 そう言って、彼らはビクトルたちをもてはやした。

 卒業の暁には、その就職先に口を利いてくれるとも。


 すべてのツキが回ってきている。

 やはり自分は、生まれながらにしての英雄だ────。

 そう信じて疑わなかった


 卒業に必要なマルカデミーポイントまで目前、順風満帆、前途洋々。


 そんなある時、顔見知りの日傭生たちの誘いで、夜の酒場に赴いた。

 いつものように男ばかり、酒代は老婆に請求で貸切状態。

 飲めや歌えのどんちゃん騒ぎ。

 疑いなど、これっぽっちも抱いていなかった。


 そして、事件は起こるべくして起こった。


「『────愚か者よ、精算の時だ』」


 グルグル回る視界の先で、冷たい灰色の瞳をしたターバンの男と、ハゲ頭の筋肉男。

 その言葉と光景が、脳裏に焼き付いて、離れない。


 泥酔したビクトルは、店の支払いとして、すべてのマルカデミーポイントを奪われたのだ。

 そして、殴る蹴るの暴行。


「『このアッグルモンキーはよ、炎耐性の先天性精霊力者(グァルノイド)さまだそうだぜ!』」


 そう言って、酒を浴びせられ、火をつけられた。

 火をつけられても火傷はしないし、傷も残らない。

 しかし、多少の熱さは感じる。

 それに、顔の周りが炎にまみれると、炎に酸素を奪われ、息苦しくもなる。


「『ひゃっはっはっ! 踊れ踊れ踊れ! アッグルモンキーのファイヤーダンスだ!』」


 臭い匂いを放つ汚泥の溜まった下水溝に、自ら身を投げた。

 火が消えて、鼻の奥まで汚水にまみれる。

 それでも男たちはビクトルを許さなかった。


 引き上げては酒を浴びせて火をつける。

 何度も殴られ、蹴り上げられた。


「『生きるチャンスが残されただけ、ありがたいと思え』」

「『俺んら舐めてっと、こうなるってことよ!』」


 服は燃え落ち、全裸のままで、冷たい下水溝の中に横たわる。

 朦朧とした意識の中で、死すら覚悟した。


「『アイツらはよぉ、「組織」の人間だ。あんちゃん、アンタぁハメられてたのさ。いつかこうなると思ってたがねぇ────』」


 夜明け前、ビクトルを匿ってくれたのは、街の地下を走る暗い排水溝に住み着く浮浪者だった。


「『悪いことは言わねぇ。早くマルカグラードを離れるんだ。ヤツらに見つかれば、また同じ目に遭うだけだからよぉ……』」


 痛む身体を臭気のこもる石床に横たえながら、それでもビクトルは、『組織』への復讐を誓った。

 このままで済まされるものかと。


 騎士の回復スキルで傷を癒やすと、浮浪者の忠告も無視して、何か手立てはないかと夜の街を徘徊して回った。

 しかし、決して優秀な部類ではなかったビクトル一人では、どうしようもなかった。


 何のためのマルカデミーガントレットか。

 街で攻撃スキルを行使して騒動を起こせば、規約違反で機能停止に陥る。

 そうなれば、すべての手段を奪われたも同然だ。


 マルカグラードを徘徊しているところを『組織』に見つかるたび、酷く殴られ蹴られ、身ぐるみ剥がされた挙句に下水溝へと投げ込まれた。


 昔の仲間たちを頼ってみても、彼らに迷惑をかけるばかり。

 街角でビクトルに気づいても、関わり合いになりたくないとばかりに、そそくさと姿を消していく。


 必死の思いでマルカグラードの自警団に泣きついたこともあったが、やはり結果は同じだった。

 あの自警団幹部も、おそらく『組織』の手先……いや、あの館にいたすべての人間が────。


 それに気づいた時の失意と絶望は、決して忘れることはない。

 全てを失ったのに、今さら、故郷にも戻れない。

 両親にも祖父にも、会わせる顔が無かった。

 あの時、苦言に耳を傾けていれば。

 立派な人間にしようと心砕いてくれた家族の思いを、全て無駄にした。

 涙が溢れ、声も枯れた。


 ……こうなったら、魔物王ビクトル=マルカーキスのように、ドラゴンを使役して、ヤツらに復讐を……!

 自分にだって、もしかしたらできるかもしれない!

 いや、できるわけないか……。

 燃やされることはないが、ドラゴンに食われるのがオチだ……。


 ……でも、たとえ無理だったとしても、ドラゴンに食われて死んだとなれば、『組織』にハメられて落ちぶれたと言われるよりは数段マシだろう……。

 それに確か、この地は魔物王が赤紫竜と出会ったとされる土地だ。

 人生の最後にそんな伝説と巡り会えたなら、本望じゃないか。

 ああ、そうだ。それがいい……。


 そんな風に思って、このドラゴン迷宮にやってきたのだ。


 ここに来たあの日、固く閉ざされた立派な石造りの門の前で、ビクトルは呆然と座り込んでいた。

 そこへ声を掛けてくれたのが、ニコラスじいさまだ。

 「ここの迷宮管理人だ」と、手短に話してくれた。


 ミートワームの肉をごちそうになり、身の上話を聞いてもらった。

 そして、「しばらくノンビリしていけばいい」と言ってくれた。


 その言葉に甘えるつもりもなかったが、いつの間にか、じいさまの手伝いをするようになっていた。

 安息処をキレイに掃除して、人のあまり来ない迷宮を、ホウキで履いて回るだけの日々。


 『迷宮管理人ルート』なんてものがあることは、その時に知った。

 マルカデミーが管理する他のダンジョンにもあるそうだ。


 なんでこんな無意味なことをするのか、と尋ねたら、「それが迷宮管理人だ」とだけ答えが返ってきた。

 そうする内に、何度かマルカデミー本科生のパーティもやってきた。

 残り物をさらうのは、じいさまもやっていたことだ。

 ただ、じいさまはアイテムは収集しなかった。

 肉や鉄くずや木片を集めて回るだけ。

 それを生活に活かして、ほそぼそと暮らしているようだった。


 本科生たちの奮闘ぶりを『迷宮管理人ルート』から覗き、去った後に残り物をさらうという生活を送る内、ビクトルは迷宮がワンパターンだということにすぐに気がついた。

 どうすれば、安全にクリアできるかということも。


 そうしている内に、ある日、じいさまが姿を消した。

 『迷宮管理人ルートのカード束』を残して。


 また一人になったビクトルだが、その心には活力が戻っていた。


 迷宮には安息処も完備されている。

 女の子たちのパーティが来た時には、風呂場も覗きたい放題だ!


 こんな生活も悪くない。

 グウグウといびきをたてるビクトル。

 暖かな炎が、優しくチロチロと燃えている。


 今はただ、一人の部屋でノンビリと惰眠を貪れることが、最高の幸せだった────。




たどり着いた先が理想郷……。旅には出てみるもんだってことでしょうね!

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