【11】本科生時代
ビクトルも、ここに来る前はマルカデミーの本科生だったのだ。
すでに卒業期限は過ぎ、マルカデミーガントレットの機能は停止して、手首の色は灰色となっているが。
マルカデミーガントレットは、『潜在的精霊力者』の能力を補佐するためのものだ。
これによってマルカデミー本科生たちは、スキルや魔法を使うことができるのだ。
その他、本科生の能力ステータスや使用可能スキル、獲得した『マルカデミーポイント』なども確認できるようになっている。
もちろん、マルカデミーガントレットは潜在的精霊力者のみならず、ビクトルのような先天性精霊力者にも有用だ。
むしろ先天性精霊力者であれば、必ずと言っていいほどマルカデミーガントレットの効力を発動することができる。
「少なくとも下流貴族にはなれる……そう思ってたんだがな……」
ビールをまたグイと喉に流し込み、昔を思い出す。
────マルカグラード聖騎士養成アカデミーに入学すれば、下流貴族の地位は約束されたようなもの。
それはこのエイムレルビス連邦王国では常識と言っていい。
”聖騎士養成アカデミー”とは言うが、実際に聖騎士になれるのは1学年に一人もいない。
だからほとんどの本科生は、下流貴族目当てと言っても差し支えないだろう。
いずれにせよ、先天性精霊力者は、生まれた時からその地位が約束されている、というわけだ。
ビクトルも、自分には前途洋々の未来が開けていると信じて疑わなかった。
生まれ育った村で、幼い頃からビクトルは神童扱いだった。
必ずマルカデミーに入学するであろうことはもちろん、『将来の聖騎士』『我が村の村長候補』などともてはやされた。
ちなみに、マルカデミーの入学可能年齢は16歳〜20歳の間だけ。
ただし、13〜15歳の間は、予科生として入学することもできる。
予科生にはスキルにいろいろ縛りがあるが、早いうちから講義に出てマルカデミーポイントを稼ぐことができるから、結構、志願者数は多いと聞く。
ビクトルは先天性精霊力者だから、親の許可があれば予科生としての入学もできたはずだった。
しかし躾や教養に厳しかった祖父の方針で、15歳までは村で過ごさざるを得なかったのだ。
親の許可の必要が無くなる入学資格年齢の16歳となった年に、希望通りにマルカデミー入学試験を受け、見事に合格した。
マルカデミーに入学すればもう、こっちのものだ。
1年目から、気の合う仲間たち数人と徒党を組んで、はっちゃけまくった。
なにせ、卒業のために稼ぐマルカデミーポイントは、マルカグラードでは通貨としても利用可能なのだから。
祖父や両親の経済力に頼る必要もない。
しかも、生活するに必要な程度のマルカデミーポイントを稼ぐことは、非常に容易である。
例えば、マルカデミー本科生向けの基礎講義や専門講義を1時限受けるだけでも、100ポイントが入手できる。
それは、マルカグラードの平均的な食事処の2食分に相当する。
期限1日の初級クエストでさえ、クリアボーナスで1000ポイントが入る。
それは、5日分の食事と宿代が賄える価値がある。
それに生命の危険を犯して無理にクエストに出なくとも、講義を毎日6時間ずつ受講していれば、5年で卒業できるように設定されている。
卒業するだけなら、誰にでも簡単だと言っていい。
万が一、就学期間中にポイントを使い果たしたとしても、きちんと卒業しさえすれば下流貴族の地位が待っている。
現在にも将来にも何の不安も抱かず、マルカデミーポイントを獲得したそばから、湯水のごとく使いまくり、仲間とともに騒ぎまくった。
この州内では、マルカデミーガントレットを見るだけで、ほとんどの商売人の眼の色が変わる。
マルカデミー本科生となったその瞬間から、すでに貴族になった気分だった。
クエストついでに、仲間たちと街道沿いの娼婦宿へ行き、酒と女に溺れたこともある。
「ありゃあ、楽しかったな……」
ビクトルのメインクラスは騎士。
だが、遊びが過ぎて、決して優秀な騎士とは言えなかった。
聖騎士になるなんて、とてもとても無理だったろう。
定期試験ではいつも中の下……いや、下の中だったかもしれない。
とにかく、重い防具に身を包んだ状態で、武器を扱うのが下手だったのだ。
マルカデミーポイントを稼ぐ手立てはあるが、メインクラスのレベルを上げるにはモンスターと戦って討伐ポイントを稼ぐしか無い。
定期試験や、『モンスターカーニバル』と呼ばれる祭りの日も、レベル上げのチャンスだが、どうにもビクトルはそれを活かせなかった。
定期試験期間中に行われる面談の時には、「キミの適性は魔法使い、バード、アーチャーあたりだろう」と散々言われてきた。
そのたびに……。
「『────俺が目指すのは聖騎士のみ! 俺は生まれついての騎士なのさ!』」
そんなことを言ってた気がする。
酒に酔って、大声で叫んでいたこともあったろう。
「『一旗上げりゃいいんだろ〜、何度でも〜、よいよいっと』」
それがビクトルと仲間たちの合言葉だ。
マルカデミーの管理する迷宮や遺跡に赴いて、落書きや糞尿をまき散らす、なんてこともやらかした。
悪い素行が目立ち、『マルカデミーきっての烏合の衆』『火中の栗拾い』などと揶揄する声も耳にしたことがある。
そんな良くない風評ですら、当時のビクトルにすれば勲章のひとつぐらいに受け取る程度で、まったく悪びれる様子も無かった。
本気を出せば、明日にでもなんとかなる。
そんな風に考えていたから、3年目の半ばを過ぎても、成績は上向かないままだった。
そうした噂は、人づてに故郷にも及んでいたようだ。
時折、実家から送られてくる手紙には、必ずと言っていいほど、祖父や両親の苦言や小言ばかりが書き連ねてあった。
今、その場に自分がいたなら、きっと同じように、厳しく叱責していることだろう。
身の程知らず、赤面モノの恥ずかしい思い出ばかりだ。
「あの時の俺は、騒ぐこと遊ぶことに夢中で、隙だらけだったからな……」
ビールを飲み干し、目の前でひっそりと佇むマルカデミーガントレットをジッと見据える目が、トロンとしてきた。
程よく酔いが回って、ウトウトし始める。
卒業目前まで貯め込んだはずのマルカデミーポイントは、機能停止する前にゼロになっていた。
だがそれは、ビクトル自身が使い込んだものではない。
ビクトルは、ある『組織』にハメられたのだ────。
マルカデミーポイントは、マルカグラードで通貨代わりとなるだけでなく、連邦王国通貨『ロイン』にも換金可能だ。
就学中の生活はもちろん、卒業後の資金にもなるという手厚い制度というわけだ。
仮に卒業できなくとも、一般的な職業に就くまでの生活を支える糧にもなってくれる。
そのシステムを利用して、本科生を騙し、マルカデミーポイントを吸い上げ資金源にしている『組織』が、密かに暗躍しているというわけだ。
「我ながら、隙がありすぎた……遊びたくて、仕方なかったんだ、な……」
ビール瓶をゴトリと床に落とし、ビクトルの意識が夢の淵に立つ。
その目にはかすかに、あの頃の情景が思い浮かんでいた。
遊びすぎはイケませんよね! 勉学を疎かにするなんて、もってのほかですよ!(キリッ




