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飛んで火に入るドラゴン迷宮管理人  作者: みきもり拾二
◆第一章 ドラゴン迷宮管理人の愉悦
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【10】くつろげる場所

 『迷宮管理人の洞窟』に戻ったビクトルは、掻き集めた戦利品を戦利品倉庫に整理し始めていた。


「ま〜だ来てなかったな〜……」


 念のため、ドラゴン迷宮の大正門には、様子を見に行ってきたあとだ。

 さすがにまだ、本科生たちの姿は無かったが。


 ただ、極稀にだが、気の早いパーティがクエスト開始が承認される前から入り口までやって来ていることがある。

 クエストを期限前にクリアすると、その分、ボーナスポイントがもらえるからだ。


 今回のパーティは、どうやらそういう類ではないらしい。


 聖騎士養成都市マルカグラードからドラゴン迷宮までは、馬を飛ばして3時間、徒歩なら7〜8時間といったところだ。

 いつもの傾向からすれば、おそらく、昼過ぎになるだろう。


「ま、ビールでも飲んで、ノンビリしてりゃいっか」


 そんな事を考えつつ、戦利品倉庫の棚に、ゴトゴトと回復薬などのアイテム系だけ丁寧に並べていく。


 『迷宮管理人の洞窟』と言っても、ビクトルが来た当初は、『転送装置』とトイレ、それに丸くて狭いリビングがあるだけの、簡素なものだった。

 全長12mほどの、ゴツゴツした岩壁が露出した単なる洞窟。


 これに横穴を掘って戦利品倉庫にしたり、リビングを広げて寝床を作ったりしたのは、ビクトル自身だ。


 横穴を掘る、というと結構大変に聞こえる。

 しかしビクトルには、迷宮内で手に入る素材があった。

 それを上手く組み合わせて使うことで、自分でも思っていた以上に意外と短時間で簡単に作ることができたのだ。

 仕切り用のドアや灯りも、迷宮で手に入る素材を上手く利用している。


 今では倉庫も拡張して、戦利品倉庫と貯蔵室とに分けている。

 保冷が必要なものと、そうでないものがあるからだ。

 貯蔵室は、迷宮で手に入る氷魔法系のスクロールを使って、ヒンヤリとさせている。

 あとは定期的にアイスゴーレムの氷でも持ち込んでおけば、完璧だ

 洞窟の奥ということもあって、夏の一番暑い時期を除けば、ほぼ定温に保つことができている。


「しっかり冷えてるな。スペースも、まだまだ大丈夫そうだ」


 貯蔵室には、第一の部屋に巣食うミートワームの肉塊や第五の部屋のオイラーフィッシュの切り身が山と積んである。正直、あと半年ほどは食うに困らないだろう。

 アイテムを売りさばいて得たお金で、ワインやシャンパンやビールなどを買い込み、それも一緒にここで冷やしてある。


 今回は残念ながら、自慢の貯蔵室に入れるものは何も無い。

 木片や金属片は木箱に突っ込んだまま、倉庫の隅の方に押しやった。


「これでよし、っと」


 服の土埃を払いながら、倉庫を出る。

 そして貯蔵室から燻製の肉とビールをひと瓶、掴み取る。

 転送装置を通りすぎ、分厚いカーテンをくぐると、広々としたリビングに出た。


 先日、丸メガネの金髪男と日傭生の少年が訪ねてきたあの部屋だ。


 『イフリートの火種』を使ったランプが、柔らかで煌々とした灯りを放っていた。

 この暖かな灯りが、ビクトルにとってはちょうど居心地のいい雰囲気を醸し出してくれている。


 丁寧に整えた暖炉横には、食器棚もしつらえてある。

 皿を一枚取り出し、燻製肉を乗せると、ソファ横の小さな丸テーブルの上に置いた。

 ランプの火から暖炉の薪に火を移すと、すぐに黒ずんだ炭から仄かな火が揺れ始める。

 この薪は、ウッドゴーレムをバラバラにしたものだ。

 ふんわりとリンゴやミカンの漂う香木で、ゆったりとした気分にさせてくれる。


 暖炉上の壁に掛けてある調理用器具や食器は、アイアンゴーレムの鉄を鋳鉄して作ったりもした。

 ほとんどの食器は、村で購入したものに変えていったが、鍋は手作りしたものが気に入って、今でも使い続けている。


 暖炉脇の『エイムレルビス連邦王国公共電波通信機』のスイッチをポチッと押すと、すぐに軽快な音楽とともに、壁に向かって映像が投影された。

 これはビクトルが来る前からあったもので、だいぶ世代の古いシロモノだ。

 それでも、エイムレルビス連邦王国の国営放送5チャンネルの他、全三十ニ州の公式チャンネルもすべて受信できる。


 三人娘が来る前には、とある州に現れた悪魔系モンスター騒動が連日報道されていたが、今はどうなってるだろうか。

 確か、それにかこつけて、隣州の軍が境界近くの町を占領し、さらに占領された側が隣州に応援要請をしたとかで、三州間の紛争に発展していたように記憶しているが……。

 そこへ、マルカデミー理事長の命により、聖騎士も数人、出動したという話だった。

 関係各州の公共チャンネルが報じる、それぞれの側の主張を見比べているだけでも面白かったのだ。


 三十二の州からなるエイムレルビス連邦王国は決して、一枚岩ではない。


 過去の遺恨を今に引きずり、州同士や貴族同士の争いや諍いが絶えないのが現状だ。

 北アグリア大陸統一を成し遂げた征服者イスパンに対して、従順に追従したフォレシアン、あっさり懐柔されたアッグル、最後まで抵抗し征服されたリムテアという図式が今なお色濃く残っている。


 特にリムテアの保守的な支配者層は、元リムタール帝国の地だった3つの州────通称”リムテア三国”────に寄り集まり、エイムレルビス連邦王国からの分離独立を画策しているとまことしやかに囁かれている。

 先の悪魔系モンスター騒動も、リムテア三国近隣で起きた事件だった。

 一部の報道では、リムテア分離独立派が関わっているのでは、といった見方もあったが……。


 かつては分厚い氷河や氷原に覆われていた北アグリア大陸。

 沿岸部を中心に、アッグルたちの豪族が点在するだけだったと言われている。

 その中にあって、南部の半島を支配していたリムタール帝国は、船による交易を中心に、繁栄を謳歌する一大勢力だったのだ。

 アッグルの豪族たちとも友好的で、交流が盛んだったと言われる。


 そこに、北西部の針葉樹林帯から勢力を伸ばしてきたのが、魔物王ビクトル=マルカーキスが率いるイスパンだ。


 その話は『魔物王ビクトル=マルカーキス物語』にもなっていて、広く知られている。

 この部屋の本棚にも、上中下巻が揃っており、ビクトルお気に入りの英雄譚のひとつだ。


 魔物王ビクトル=マルカーキスは不思議な力で、数々のモンスターを操ったとされている。

 自身は漆黒のプレートメイルに身を包み、青い炎を纏った地獄の獅子にまたがり、三匹の赤紫竜を使役する姿が一般的だろう。

 中でも、マルカーキスレッドドラゴンと呼ばれる赤紫竜の持つ破壊力は絶大で、氷の支配する北アグリア大陸を瞬く間に焦土へと変えたのだとか。


 最後まで抵抗を試みたリムタール帝国は、あえなくその赤紫竜の前に屈し、イスパンの軍門に降る事になったとされている。

 リムテア三国の保守的な支配層は、今でもその恨みを忘れられないらしい。

 リムテアは開放的で陽気だが、反面、激情家でもあり、それをこじらせると執念深いと言われる由縁だろう。


 そうした紛争の火種がくすぶるエイムレルビス連邦王国の中で、聖騎士は、モンスター討伐だけでなく、州間紛争の仲介役という役割も担っている。

 隣州の騎士や軍を快く思っていない住民がいたとしても、聖騎士には尊敬の眼差しを向ける。

 この国に生まれた子供であれば、誰もが一度は、聖騎士に憧れるものだ。


 ビクトルもそのうちの一人だった。


「今じゃそんな気は、全くないけどな……」


 戦火を遠ざけ、安穏として平和な日々が過ごせればそれでいい。

 ここドラゴン迷宮のある第一州マルカーキス伯領は、聖騎士のお膝元。

 そうした、連邦王国内の火種とは無縁の土地だ。

 モンスター出現率は高いものの、このドラゴン迷宮にいれば安全だし、マルカグラード自警団や聖騎士たちがすぐさま出動してくれる。


 連邦王国きっての、堅牢なまでの安全性を誇る州と言っても過言ではないだろう。


「……お、これもうやってんのか。ラッキー」


 ダラダラとチャンネルを替えているうち、有名なアクション映画の新作が目に止まる。

 チャンネルをそこに合わせたままソファへと向かった。


「よっこらせっと」


 ふかふかのソファにドサリと腰をおろすと、思わず、深い吐息が漏れた。

 ここ三晩は、安息処で寝たから、久々の我が家に戻ってきたという雰囲気だ。

 やはり我が家が一番だ、と思わずにはいられない。


 入り口と洞窟奥へ通じるそれぞれの戸口には、分厚いカーテンをかけてあり、雪の降る寒い日でも寒気が入り込むのを防いでくれる。

 ランプの灯りが無ければ一日中暗い部屋だが、そのことを除けば、なかなかにして快適だ。


 さらに入り口の方へ出たところには、トイレもある。

 水道はもともと引かれていた。


 ただし風呂だけは、安息処のを使っている。


「新しいパーティが来る前に、ひと風呂浴びとくかな〜……」


 ヒゲをゴリゴリ掻きながら、小さく呟く。


 そもそも、ここまでしなくとも、本科生が迷宮に来ていなければ、安息処を使えば良いだけなのだが。

 もともとは、掻き集めた戦利品やミートワームの肉を、きっちり貯蔵しておきたいという考えからだった。

 そうしているうちに、いろいろと拡張してきた結果というわけだ。


「自分だけの部屋、ってのも悪くないしな」


 ビールを一口流し込み、ふうと満足気に息を吐き出した。


 クエスト開始が承認され、迷宮から追い出された今は、手持ち無沙汰で待つしか無い。

 そうした時に、この空間は最高の贅沢だ。


 それに、手助けする必要の無いパーティや、気に入らないパーティが来ることだってある。

 そういう時は、3〜4日、何もすることもなくただ待つだけの日々になる。

 村外れで露店をしたり、戦利品から新たなアイテムを作ったりするのもいいが、こうしてノンビリしたい時もあるものだ。


「迷宮管理人、楽でいいわ〜。はっは〜」


 こうしたことができるのも、すべては転送装置と迷宮管理人ルートのおかげだろう。

 あれがあるからこそ、迷宮内を楽に行き来ができ、重い物でも一人で、この洞窟へ持ち込むことができるのだ。


 転送装置はもう一つ、本科生たちの感覚を惑わす効果もある、とビクトルは考えている。

 おそらく、マルカデミー本科生たちに、安息処が地表近くにあることを悟らせないための仕組みだろう、と。

 安息処から簡単に外へ出れると知ったなら、リタイア機能を使わずにマルカグラードへ戻る本科生もいるだろうから。


 ビクトルの見立てでは、『迷宮管理人の洞窟』のトイレは、安息処のトイレに隣接しているはずだ。


 そして『迷宮管理人の洞窟』から3mほど斜面を登ったところに、もう一つ洞窟がある。

 その洞窟を5mほど入ったところに、安息処の風呂場の通気口が口を開けているのだ。

 それにより光が入り込まず、外界の音も遮断できるというわけだ。


 本科生たちも、まさか通気口が地表近くに口を開けているとは思わないだろう。

 おかげで、全く警戒されること無く、そこから本科生女子たちのハダカを拝めるわけだが。


「ふふふっ、まさかこんな楽園があるなんてな。あの頃は、思いもしなかったぜ……」


 ビールにほろ酔いながら、暖炉横に掛けた薄汚れたマルカデミーガントレットが視界に映る。


 ────それは、ビクトルのマルカデミーガントレットだ。





ボクもソファでノンビリ映画見ながらビール飲みたいれす……。(ジュルリ

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