【01】災厄の来訪者
アクセスいただき、ありがとうございます。
ドラゴン迷宮管理人が、その知識を駆使して本科生たちに威張り散らす……もとい、本科生たちとともにあえて苦難に立ち向かうお話です。
肩の力を抜いてじっくりお楽しみただければ幸いです。
「おや〜? なんだね、ここは?」
入り口に掛かる厚手のカーテンをバサリと払いのけ、丸メガネの金髪男が顔を覗かせた。
部屋のソファに腰掛けていたヒゲもじゃ男はビクリとして、ビールを飲みかけた姿勢で固まってしまった。
無理もない。
普通なら絶対にあり得ない上、予期せぬ突然の来訪者だ。
「聞いていた話とだいぶ違うねぇ〜」
丸メガネの金髪男は腰に手を当て、訝しげに部屋の中を見渡している。
白のスーツに裏地の赤い白のマント、そして白の手袋。
左手には、白金に輝くガントレット────『マルカデミーガントレット』をはめていた。
『マルカグラード聖騎士養成アカデミー』の本科生に間違いない。
ガントレットの手首の色は────紫。
どうやら、メインクラスは呪術師らしい。
どこかで見た事のある顔のような気もするが……?
そう思いつつも、ヒゲもじゃ男はすぐには思い出せなかった。
「うわああ〜、すごい暖かいですよ」
丸メガネの金髪男の後ろから、少年が顔を覗かせる。
興味津々といった様子でキョロキョロと部屋を眺め回していた。
その首には、幅広の白い首輪。
────丸メガネの金髪男の、『日傭生』のようだ。
「なんだか、ロンさんの”研究室”より豪勢じゃないですか?」
微笑みかける少年に、丸メガネの金髪男が顔をしかめた。
そこは4m四方ほどの開けた空間だ。
寒風そよぐ山腹に、ポッカリと口を開けた薄暗い洞穴を、10mほど奥に入った場所にある。
二人の立っている入り口と、対面の壁には厚手のカーテンが掛かっている。
岩盤をなだらかに整えた床には、フカフカのマットにソファ。
向かって左の壁には暖炉があって、向かって右側、ソファの後ろの壁はくり抜かれ、寝床が設えられているようだ。
暖炉の中ではチロチロとした暖かな炎が、かすかにリンゴやミカンの匂いを放ちながら燃えている。
その横に据え置かれた『エイムレルビス連邦王国公共電波通信機』が、壁に向かってニュース映像を映し出し、軽快な音楽をかき鳴らしていた。
その他の壁一面には、武器や防具や何かの衣装などが掛けられている。
暖炉の横面には、手首が灰色の薄汚れたマルカデミーガントレットも見て取れる。
ソファの横には小さな丸いテーブルがあり、上には干し肉の乗った皿ととビール瓶が数本並んでいた。
一人でノンビリとくつろぐには十分な、なかなか居心地の良さそうな空間だ。
「フンッ! なぁ〜にを言ってるんだね、アスタくん? 私の研究室はすべてのムダを一切排除し、簡素にして清廉! この世に類を見ない唯一にして無二の……」
「だってネズミも動き回ってるし、隙間風も吹き込むじゃないですか。マルマルさんもまるで物置小屋だって……」
「ア〜スタくぅ〜〜ん。そろそろ無駄口はやめたまえよ」
「あ……は、はい」
勝手に他人の”部屋”に踏み込んでおいて、この緊張感の無さ……。
ソファで固まるヒゲもじゃ男は、怪訝そうに片眉を上げた。
「(コイツらが、今回のパーティなのか? だとしたら、ちょっと脅しておくか……)」
やにわに、ドンとビール瓶を置いて立ち上がる。
薄汚れたボロの身なりに、伸び放題のボサボサ頭とヒゲ。
身長は170cm程度か。
中肉中背の身体つきをしている。
身なりは、どこからどう見ても浮浪者だが……。
腕を組んでキッと二人を睨みつけると、顎をクイッと上げて凄んでみせた。
「おい、お前ら。ドラゴン迷宮の入り口はここじゃないぞ!」
ヒゲもじゃ男の張りのある声に、日傭生の少年がビクリと身をすくめた。
しかし、丸メガネの金髪男には動じた様子も無い。
左手のマルカデミーガントレットの甲をタップして、ステータス画面を立ち上げていた。
「ああ、そこのヒゲもじゃくんに聞きたいのだが……迷宮管理人のニコラス爺さんはどこかね?」
ギクリとするヒゲもじゃ男。
宙に浮かぶ半透明のステータス画面には、ヒゲもじゃ男とは別人の、老人の顔が映し出されているのが見て取れた。
何を言ってるかまでは聞こえないが、ニコラス爺さんの音声も再生されているようだ。
「……迷宮管理人は俺だ」
言いつつ、腰にぶら下げた『迷宮管理人のカード束』を指し示す。
「ほ〜う?」
丸メガネの金髪男が、チラリとヒゲもじゃ男を見やる。
その横から覗きこむ日傭生の少年が、どこか真剣そうな眼差しで、ステータス画面とヒゲもじゃ男を交互に見比べていた。
三人の間に静寂が訪れる────。
『エイムレルビス連邦王国公共電波通信機』が掻き立てるニュース音声だけが、部屋いっぱいに響いていた。
どうやら、今、世間を騒がしている悪魔系モンスター出現のニュースらしい。
丸メガネの金髪男は、そっと顎に手を添え、何事か考えを巡らせているようだった。
ヒゲもじゃ男はヒゲもじゃ男で、胸を張って精一杯の虚勢を保ちながらも、「このまま大人しく帰ってくれ、頼む!」と心の中で祈っていた。
背中は冷や汗でダラダラだ。
「『それでは今より、マルカグラード聖騎士養成アカデミー理事長のマルガリータ=マルカーキス殿の公式会見を行います────』」
アナウンスとともに、画面いっぱいに金髪色白の美人が映し出される。
「『聖騎士出動要請に伴い、大司教様と会談した結果をご報告させていただきます』」
よく通る凛とした声が響くと同時、一瞬、三人の視線が壁の映像に集中する。
と、丸メガネの金髪男がやにわに、バッと勢い良くマントを翻した。
「よしっ! 任務は完了だ! 帰るぞ、アスタくん!」
ニヤリと笑みを浮かべて言い放つと、洞穴の入り口へと踵を返した。
「えええっ!? 任務完了!?」
「ああ、そうだよ。ここにもう、用は無いッ!」
「ええええっ!!?」
丸メガネの金髪男は振り返ることもなく、ツカツカと足音を立てて歩いて行く。
驚きの声を上げながら、丸メガネの金髪男を追いかける日傭生の少年。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ ロンさん!……ま、マルマルさんは、できれば迷宮の中も異常が無いか見てきて欲しいって!」
「で・き・れ・ば、だろ〜? だから別にい〜んだよ。必要無いじゃないか。『ニコラス爺さんが元気にしてた、何も異常は無かった』って言えば、それで終わりさ」
「えええ!? ぜ、全っ然っ、違う人だったじゃないですか!!」
「ニコラス爺さんだったよ〜、ア〜スタくぅ〜ん」
「えええっ! えええええっ!?」
遠ざかっていく足音に、ホッとするヒゲもじゃ男。
ここの生活が突然に終わりを告げたのかと、内心、ヒヤヒヤしていたのだ。
「ちょっと変わり者の偏屈そうなヤツで助かったぜ……」
それにしてもあの男、ロンさんとか呼ばれていた……。
洞窟の入口から二人の背中をそっと見送っていた時、ヒゲもじゃ男はハッとして思い出していた。
────”呪われし”ロンフォード=ロンガレッティ。
「(そんな名前の、マルカデミーの有名人だ。たしか、マルカグラード聖騎士養成アカデミー理事長と遠縁の親戚だって話も……)」
そんな男が、なぜ、ここに────?
取り調べを受けるとしたら心当たりが無いわけではないが、自分を捕らえるわけでもなく、あっさりと帰ってしまったし。
それにしたって、マルカグラード自警団やマルカデミー風紀委員が来るならまだしも……。
「(迷宮に、何か用があったようだが……?)」
……首を捻ってみても、答えは見つからない。
肩をすくめると、ヒゲもじゃ男は入り口の壁に据え付けられたカードリーダのスリットに、素早くカードを潜らせた。
低く小さな「ゴゴゴゴ」という音が響いて、大きな岩が入り口を完全に塞いでいく。
外からは、決められた呪文の言葉を唱えなければ、開かない仕組みだ。
「まったく……面倒にならないことを祈るぜ」
そう言って溜め息をつくと、真っ暗な洞窟を、慣れた足取りで奥へと戻っていった。
ヒゲもじゃ男の名は、ビクトル=ヒエルマン。
2年ほど前からこのドラゴン迷宮に住み着いて、残り物をさらって暮らす、”自称”迷宮管理人だ────。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
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