解決編
13時過ぎ、島田らは、上原に全てを賭けて再び鉄吉の家に向かった。
「またあなた達ですか。しつこいですね。私はやってないといっているでしょう。」
「え〜と実はですね、ここにいる上原眞一郎という駄菓子屋の店長がですね、事件の真相がわかったというもので、それで……」つっかえつっかえで話す島田を、上原はフォローしようとしない。ただ、あくびをして眠そうにしているだけだ。その姿を見かねた島田は、
「おい、事件の真相がわかったといったのはお前だろ?眠そうにされるとこっちが困る」とボソボソ声でつっこむ。
「少し待っててください。じきに江本さんがアレを持ってきてくれますから」
しばらくすると、江本がパソコンやら灰の入った器を持ってきた。
「よし、準備ができましたので、謎解きでも始めましょう」
太陽が地面を照りつけ、さらに蒸し暑さが増した午後。村人は何事かと思い、鉄吉の家を訪ねてきた。
「村の人たち全員にアリバイがあり、一人だけアリバイがないとなると当然、警察はその人を疑う。外部犯の線も捨て切れませんが、事件当日は村の外から中へは誰も入っていませんし、村の周りは山々に囲まれており、わざわざ苦労してまで犯人がくるとは思えません。そこで、アリバイがない鉄吉さんが犯人説となるわけですが、ここで壁が立ちふさがります。鉄吉さんの着ていた服が濡れていなかったことです。この意味は、仕事場から龍二の家に行くには、二通りの道しかなく、一つは必ず雨に濡れないといけない。それに、妻のカブ子さんは16時に鉄吉さんが帰ってきていることを証言されている。つまり、雨に濡れない道を選んだら、犯行は不可能になります。では、どうやって雨に濡れずに犯行を成し遂げ、帰宅したのか。傘や着替えを持ってないことは、仕事場の同僚が証言されています。馬に乗り、走る方法はどうか。これも、この村の馬はアスファルトを走りたくない上、鉄吉さんの馬は脚に怪我を負っています。到底走ることはできません。だから、警察は悩んでいるのです。これでは、可能性がゼロに近い外部犯の仕業ではないかとね。しかし、この問題を解決する手がかりがあります。龍二さんの家から消えた数枚のバスタオルです。鉄吉さん、おそらくあなたはバスタオルを使って不可能を可能にしたのではないですか?」
「なんのことだかさっぱりだな?聞かせてくれよ。私がどうやって濡れずに帰ったのかを」
「そもそもの話、推理の前提が間違っているとアタシは思いますね。どうして、初めから服を濡らさない方法だけを考えていたのか。わかりやすく言えば、どうして犯人が服を着ていると考えてしまうのかです。別の可能性を無視していました。その可能性がイコール真実になります。すなわち、犯人は服を着ていなかったのです」
「なんだと!」さすがの島田も驚きを隠せない様子だった。
「鉄吉さんの犯行手順はこうです。まず、15時に仕事場を離れ、20分かけて龍二さんの家に行く。あなたと龍二さんの仲は良かったようですので、怪しまれず家に入り込めたはず。そして、寝室からバスタオルを一枚取り出して、体に巻く。そして隙を見て龍二さんを殺害。体に巻いていたバスタオルのおかけで、返り血を浴びずにすんだあなたは、すぐに裸になった。その直後、強い雨が降り出した。この時の時刻は15時20分くらいです。ここからがあなたが仕掛けたトリックです。脱いだ着替えと返り血を浴びたやつと浴びてないバスタオルをあるところに備え付けた」
「あるところ?」島田は訊き返した。
「馬の腹です。連れてきた馬の腹に、それらを紐でくくりつけ、龍二さんの家を離れ、南東方向へと進んだ。裸でね。歩き出して、20分、降っていた雨が止み、返り血を浴びていないバスタオルを取り出し、濡れた体を拭く。その後、煙草を吸うのに使っていたライターで全てのバスタオルを燃やし、証拠隠滅完了。そして、馬の腹にくくりつけられた衣服を再び着て、そこから20分かけて自宅に辿りつく。これで、60分。この時、妻のカブ子さんやその友人は衣服の濡れていないあなたを見る。帰宅したあなたは、暑さにより死亡推定時刻に幅を持たせないため、急いで龍二さんの家に向かう必要があった。しかし、発見を早くすると疑われるため、40分かけて歩いた。そして、16時45分、龍二さんの家についたあなたは、扇風機をつけて遺体の体を冷やし、死亡推定時刻を元に戻した。そして、後は警察に通報すれば計画が完了する。どうです?この事件のポイントはいかに先入観を持たないかにあったのです。人間はどうしても服を着ているという概念を頭から離すことができないのです。まさか、全裸で歩くとは誰も思わなかったはず。しかし、ここは田舎で人口もかなり少ない。例え、裸でそこらを歩いてもなかなか人と遭遇することはない。裸で出歩くはずがないという心理を利用して、犯行を成し遂げた。何か反論はありますか?」暑さのためか、右手に持ってた扇子で顔を仰いでいる。
「なかなか面白い推理だ。駄菓子屋の店長が探偵役とはね。正直、驚いている。けど、惜しいな。それを裏付ける証拠がない。確固たる証拠が」
鉄吉は、まだ余裕を崩さないようだ。
「証拠ですか?今お見せしましょう」
上原は、江本が運んできたパソコンの電源を入れ、灰の入った器を特殊な機械に設置した。
「お、おい、何をするつもりだ?!」
鉄吉は、先ほどの余裕が嘘のように消えていた。
「これ、なんだかわかりますか?バスタオルを燃やした際に出てきた灰です。道端に落ちていましたよ。この灰を『カーボロジー』と呼ばれる技術を駆使して見事に復元させます。もし、この灰の元がバスタオルなら龍二さんの返り血や、あなたの指紋がついているはずですよね。それじゃ始めましょうか」
上原は、パソコンのキーを叩き、機械を作動させた。その様子を見ていた鉄吉の顔は青ざめていた。そして、
「ははは……。好きにすればいいさ!」
苦し紛れの発言をした。上原は動じず、
「もちろんスよ」キーを叩く手を止めない。その直後だった、ガッシャーン!とパソコンが破損して地面に落ちた。鉄吉が蹴り飛ばしたのだ。
「ぐっ……」
崩れ落ちた鉄吉は、拳で強く地面を叩いた……。
「犯行を認めるな?」島田が問いかける。
抵抗する素振りがないことから、諦めたようだ。
こうして村を騒がせた殺人事件は無事に幕を閉じた……。
「それにしてもやばかったな。あの推理だけじゃ鉄吉は動じなかったからな」
島田は、煙草を吸いながらぼやいた。
「そうっスね。アタシのあの機械も役に立つとは思えませんでしたので」
同じく、煙草を吸いながら上原はぼやく。
「なあ、さっきいってたカーボンなんたらは一体どういう技術だ?」
「『カーボロジー』のことスか?欧州のスパイ用語で、探偵なんかがよく行う調査方法です。捨てられたごみや灰と化した文書から個人情報や犯罪、不倫などの証拠を得る事が出来るとされてます。まあ、しこたま法に反していますがね」
「じゃそのカーボロジーを使えば、バスタオルの復元もできたのか?」
「はっきり言って無理ッス♪灰から復元できるのは文書ぐらいで、そんな重いものが復元されたなど聞いたことがありません」
「じゃ、あの機械を使っても奴が動じなかったら……」
「逮捕は無理でしたね。けど、彼も田舎の人だ。こんな技術があることなどわからないはずです」
「それはそうだが……危なかったな。だから、この家に来る前、『後は運ですね』とか言ってたのか?」
「そうです!」
「お前さんってやつは……」
内心呆れていながらも、感心していた。探偵らしくないが、推理力は見事なもの。それにパソコンを持っていることから、ただの駄菓子屋の店長ではない。何者だろうか。
「それじゃ俺は警視庁に戻って、報告書を作成してくる。色々と世話になったな。この礼はいつかしてやるよ」
「期待しないで、待ってます」
パトカーに乗り込んだ島田は、東京に戻った。それを見送っていた上原は、携帯で誰かに連絡をとっていた。
「ええ、解決しましたよ。なかなか笑ってしまうような事件でしたよ。後日、久しぶりにでも東京で会いましょうか?たまには都会に出てみるのも悪くないですからね。では、また……」
パタン。携帯を閉じ、ポケットに入れ、それと同時に小型の機械を取り出した。
「結局、気づきませんでしたか島田さん……。寝てるときに、こっそりと盗聴器をつけたのですが……」
上原が、事件の概要を知っていたのは超能力ではなく盗聴器のおかげである。
「さて、店に戻って一眠りしますか……」そうつぶいて、店に戻っていったのだ……。