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駄菓子屋店長の騒がしい日々  作者: スバル
馬と雨と村
1/2

問題編

突然だった。まさかこの村で殺人が起きるとは夢にも思わなかった。テレビで映されるような田舎ではなく、ど田舎で起きたのだ。初めに伝えておくと犯人の目星はついている。村に突如現れた殺人鬼ではない。精神異常者でもない。ごくごく普通の人間である。(殺人を遂行する時点で普通ではないが)動機の点でその人が犯人であると強く疑われ、アリバイもないことから警察は、勝利を確信したが、そこには大きな問題があった。それは後に述べていくが当初は苦戦した。先入観とでも呼べばいいのか。それを持ってしまうとこの問題は解けない。これは最大のヒントでもあり答えでもある。そしてその真相はあまりに単純で幼稚だったのだ。では私が体験した事件の全貌を伝えたいと思う。



平坂村というのは、山奥の、さらにまた奥の奥まで入っていったところにある村である。人口はわずか五十人ほどで、自然に囲まれた場所である。村の人たちは畑仕事と林業を営みながら、豊かではないが昔ながらののんびりとした生活を送っていた。山々を渡る風、森のざわめき、畑の土のにおい……。みんなが家族のように助けあっている。ただ一人を除いて……。どこの村でも若い子はみんな都会を夢見て村を出て行くが、平坂村は違う。時の止まったような静かな村でひっそり暮らしたい。この村に住む若い子は皆そう言う。実を言うと、私もその一人で東京などの都会は空気は不味く、犯罪が多い。それに都会には自然が少ない。現代の子どもは極めて運動不足だ。その理由の一つが自然に触れ合う機会がないこと。また、遊び場が少ないため家でテレビゲームをするしかないのだ。一見すると、都会は華やかな雰囲気が漂っているが、すべてがそうではない。新宿などは不良やヤクザの溜まり場だし、事件も多い。プラス面だけを考えていると痛い目にあう。東京に住んでみて息苦しいと感じたらそれまで。マイナス面を考えていない人は数多くいる。私はこのことを理解しているからこの村を離れたくない。俗世間から隔離された村。まるで古典の世界ではないか。周りから田舎人あるいは流行遅れと呼ばれようが構わない。むしろ、都会に出て心が汚くなるくらいなら村にいた方が数千倍よろしい。

つい先週、この村に越してきた一家があった。その一家は父親の仕事の都合上(林業だとか)で、この村に越してこなければならなかった。前住んでいたところは東京……。父親、母親、弟、妹の四人家族で、話によると、この村に来る前は子ども二人は毎日のようにテレビゲームをしていた。二人とも小学生という活発な日々を送るのに羨ましすぎる立場だが、なんせ体を動かす場所もないので仕方なしにゲームをしているのだとか。そのせいか二人とも喘息にかかり、なかなか治らなかったらしい。ゲームをやりすぎたことによる睡眠不足。さらに免疫力の低下。そこらのオタクが喘息にかかるのはまだわかるが、小学生がかかるとは……。

お医者様の薬を飲んでも治らず、困った矢先に引越しの話が飛び込んできた。母親ははじめ、東京の友人と別れるのは辛いと言い受け入れようとはしなかったが、最終的には友人に事情を伝え、無事に事態は収まった。東京から車に揺られ6時間。平坂村はその姿を現す。家は、すでに用意されてあるので、わざわざ建てる必要はない。平坂村にきたその日から一家に変化が起こった。あれほど治らなかった子どもたちの喘息が嘘のように消えていた。子どもは野菜嫌いで東京に住んでいた頃には口にしようとはしなかった。それがこの村に来て、恐る恐る食べてみたところ、いつもの苦さが感じられずパクパク食べていたのだ。そのせいか栄養が体の隅々まで行き渡り、薬よりも遥かに効果的な治療となった。母親の方は、村の人たちに懇切丁寧に畑仕事を教えてもらっている。もとより村の人たちは助けあって生きてきたので、極めて良心的である。


環境が変わると人間が変わると言うのはこのことか。一家全員が、わずか一週間ほどでこの村を好きになった。弟と妹にも友達ができ、毎日のように外で元気よく遊んでいる。新鮮な空気を吸えるのは幸せなことだ。ここには穢れもなく犯罪もない。不良もヤクザもいない。桃源郷とはほど遠いかもしれない。けど、彼らにとっては関係ない。毎日が充実しているから気にしてないのだ。


もし、この毎日の中に切れ目が入ったとしたら……。それが、殺人という無縁なものだとしたら……。



八月の初め頃、相変わらず蒸し暑く一家に一台扇風機が必要となった季節。20分ほどの夕立ちのせいか、まだ少しアスファルトは濡れていて、土もドロドロだ。

村長である樫崎龍二が死んでいると通報があったため、平坂村に数台のパトカーが入ってきた。村の人たちは、何事かと顔を覗かせていた。

「おい、ここにパトカーを並べるでない!ただでさえ狭い道なんだから!」

島田は、そう言って不作法に煙草をアスファルトの上に投げ捨てた。

「だから、二台でいいって言ったろ?五台もぞろぞろと来やがって。これだから田舎は困る」

島田は内心うんざりしていた。まず、移動時間がべらぼうに長いこと。通報を受けたのが、16時くらいで東京からここまでくるのに6時間もかかった。平坂村は東京管轄のため、警視庁からわざわざ出迎えなければならなく、村に一応は巡査がいるが、それはそれはヨボヨボの爺さんで、無法地帯じゃないかと思う。よくこれまで事件が起こらなかったと不思議である。また、到着したのが22時で、もう夜中であったのだ。とても事情聴取をする気にもなれず、移動だけでも疲労困憊していた。

「警部!ご足労いただきありがとうございます!私はこの村の巡査であります。佐村と申します」

「あ〜あ〜わかったわかった。そんな大声を出さんでもいい。うん?佐村と言うのか?」

「はい!佐村河内という名です」

佐村河内ね……。どこかで聞き覚えのある名前だ。音楽の……えーと、まあ、いいか。

「それで現場は?」

「はい、あちらの家です」

佐村巡査は指を指した。

「死んでいたのは、あの家に住んでいる龍二という男です」佐村巡査がいった。

「それを見つけたのが、この村に住む鉄吉です」

「発見までの経緯は?」と私は訊いた。

「鉄吉は、いつものように畑仕事を終え帰宅しました。その時、龍二に用があるといい、彼の家に向かいました。ドアを叩いても返事はなく、いつもならその時間には家にいるはずだと不審に思い、縁側の方に回ったところ、部屋で龍二が倒れているのを発見。すぐに私の元へ通報し、私が警視庁に連絡を取ったということです」

「ここまで来るのに時間がかかったが、その間被害者は生きていたのか?」

「いえ、鉄吉が確認したところ腹に刃物が刺さっていたようで念の為、脈をとって見ましたが、すでに手遅れで……」

ふ〜む。さほどの難事件でもなさそうだ。犯人はこの村の中にいるはず。島田には7割程度事件は解決したと思っている。五十人ほどの小さな村で、通報した際に唯一村から出れる道路は封鎖したため犯人は、村に閉じ込められたのも当然。外部犯の線も捨てきれないが、周りは見渡す限り山しかなく、わざわざ山登りしてまで犯行はしない。また、村から出れる道路についても、巡査が見張っていた限りでは、外から中へ入るものは警察以外にはなかった。つまり外部犯の可能性は極めて低いと言える。

「ではさっそく、現場へ案内してくれ」

夜中ではあるが、せめて現場を確認しないといけない。仮眠をとるのはそれからで、事情聴取は明日やればいい。

「では、案内します」佐村巡査は弱々しく歩いていく。


現場には既に鑑識や検死官が数人いる。

「ご苦労。被害者の状態は?」

「はい、刃物を一突きのようですね。ほぼ即死と見て間違えないでしょう」

「死亡推定時刻は?」

「今日の15時から16時の間と思われます。暑さによりズレが生じることもありますが、我々が駆けつけたとき、扇風機がついていて、被害者に直接風が当たるようになっていたので、さほど大きなズレはありません」

「そうか……。で、扇風機がついていたといったな?第一発見者の鉄吉は何といっている?」

「まだ確認していないので何ともいえませんね」

「15時から16時までのアリバイがない人物を当たれば早い話。今日はこれで引き上げて明日は、事情聴取をすることにしよう」

「そうですね」佐村巡査は頷く。

「あ、警部。忘れてましたが、被害者の金銭は盗まれていたのと、見ての通りこの部屋が荒らされていました」

「どうせ、外部犯の仕業に見せかけるためのカモフラージュだよ。さあ行こうぜ」


現場を調べ終えた頃には時刻は0時を回っていた。島田は村の中央に来ていた。この近くに寝泊まりする宿はないかと考えたが、五十人しかいない小さな村だ。宿などあるはずもない。やれやれ今夜はパトカーの中で仮眠をとるこことなるのか。そう思った矢先、暗闇の向こうから一人の男が近づいてきた。


「お困りのようですね〜。警察の方ですか?寝るところをお探しのようでしたら、アタシの店にでもあがりますか?」

男は三十代くらいだろうか。下駄に帽子、さらには甚平という格好で、どこか金田一耕助を思わせるような人物だ。右手には扇子、左手には杖を備えている。都会ではまず見かけない姿だ。

「えーと、あんたは?」島田は訊いた。

「アタシは、そこの駄菓子屋で店長をやってます『上原眞一郎』といいます。駄菓子屋といっても日常生活用品を売ることもありますがね」

なるほど。この村から一番近いコンビニへ行くにも3時間はかかる。生活用品を売ってる店があるのは当然か。

「生活用品を売っているのか?けど、どこから仕入れている?」

「アタシが月に一回村の外へ出て、仕入れます。意外に大変なんスよ。車がないもんだから徒歩で行かなくちゃいけない。馬を引き連れているけど、ここの馬はどういうわけかアスファルトを嫌います。走りたくなさげなんスよ。で、結局3時間かけて店に行き、荷物を馬に乗せ、また3時間かけて村に戻る。こんなことしてるとえれー辛いですよ」

ちょくちょく気がかりなのが、この男は自分のことを「アタシ」と言うことだ。「私」ならわかるが「アタシ」はないだろう。真面目そうでそう見えない。つかみどころのない人物だ。泊めてもらいたいのは山々だが、彼も一応は容疑者の一人。まずはアリバイの確認でもせねば。

「この村で殺人があったのは知っているかね?そのことで聞きたいことがあるんだ」

「構いませんが、立ち話もあれなんでとりあえず店に戻りましょう。話はそれからでも遅くないでしょう」

「うむ」島田は頷く。


駄菓子屋は、島田が小学生の頃はよく通っていた。今では、コンビニやスーパーマーケットなどの登場によりあまり見かけなくなった。店先のせいぜい四畳ほどの土間で、商品陳列用の棚が設置されていたほか、店の中央に置かれた木箱の上にも、商品や菓子などの入った箱やビンなどが見られた。また天井から下げたフックに引っ掛けられて販売されている商品もある。昭和時代が懐かしい。

「ささ、あがってください」上原は島田を居間へと招待した。

「おーい!江本さーん!お客さんですよ!お茶を用意してちょうだーい!」

上原は突然、大声をあげた。もう一人いるのか。

「はいただいま!」図太い声がした。

男?!島田は一瞬気が引けた。上原は江本という男と住んでいるらしい。これじゃまるで……。よくないな。

しばらくして、障子が開いて、ガタイのいい坊主頭の男が入ってきた。

「お茶でございます」

それだけ言うと去ってしまった。

「あの人は?」島田は訊いた。

「この店でお手伝いをしてます『江本次郎』。彼は主に力仕事を中心に活動してます」と、顎を撫でながら答える。

島田は、お茶を一口飲む。ほうじ茶か。作りたてのほうじ茶は、香ばしいかおりが一段と引き立って、とてもおいしい。田舎の水を使っているからだろう。都会の水はまずい。

「さて、いくつか聞きたいことがあるんだか」島田は一息つくと、捜査モードに切り替わった。

「まずは、殺害された『樫崎龍二』という男について。彼は誰かから恨まれるような人物だったか?」

「そうですね、あの人はこの村の村長さんでしてね、世間のしきたりからはみ出した考えを持たない人当たりの良い人物でした。特に問題はなかったかと」

「そうか。次に聞きたいのは15時から16時までの間、どこで何をしていたのか」

「刑事ドラマでよく見る『アリバイ』ってやつッスね。アタシは、その時間この店で子どもの相手をしてました」

「相手?」

「島田さんも子どもの頃やったことはありませんか?ベイゴマですよ」

「あー懐かしいな。なかなか難しかった覚えがある。で、ベイゴマで遊んでたということか?」

「はい。その時には、子どもの連れ添いであるお母さんが二人いたので、彼女らに聞けばそう証言してくれます」

「江本さんは?」

「接客です。お母さん二人の」

「つまりは、アリバイ成立か……」

「なんか残念そースね」

「そんなことはない。断じてそんなことはない」

島田は内心ホッとしている。この人物が犯人であれば、仮眠がとれなくなってしまうからだ。

簡単な事情聴取を終え、床に就くことにした。(といっても仮眠程度だが)

「島田さん。現場の方は大丈夫なんスか?」半ばからかうように上原は訊く。

「心配いらん。交代で張り込みをさせている。また、村を見回ることにしたからもう事件は起こさねぇよ」

「随分と自信がありげですね。過信はいけませんよ」

「余計なお世話だ」

「では、ごゆっくりと……」

上原は障子を閉めた。


風も絶えた夏の夜の闇が、重く蒸し暑くたれこめる……。日付はとっくに変わっている。6時間も車に揺られていて、疲れているはずだが、なかなか寝付けない。

あの男……上原か……どこかで見た顔だな。逃亡中の凶悪犯ではない。有名人でもない。誰だろう……。思い出せない……。う〜ん……。

島田はいつの間にか眠ってしまった……。


まだ人の息の混じっていない、清澄な朝の空気が部屋の中に入ってきた。田舎の朝は涼しい。

結局、寝てしまった。本来は2時間の仮眠をとるつもりが6時間も寝てしまった。見張りをやってた警官に申し訳ないなと思いながら、島田は重い体をおこし、布団から出た。居間にきてみたが、誰もいない。上原は起きてないのか……。とりあえず、一服する。そして、携帯を取り出し、部下に連絡を取る。

「ああ、俺だ。9時頃に聴き込みをするぞ。他にもそう伝えておけ」

パタン。携帯を閉じて、ポケットにしまう。島田は、スマホが嫌いだ。使いやすくなったが、どうもしっくりこない。ガラケーの方が使いやすいのだが……。時代遅れというのか。今流行りのアイドルグループも知らない。AKCだっけか、AKBだったか?仕事一筋でやってきたため、普段もテレビを観ない。いわゆる鬼警部型だ。

ガラガラガラガラ。店の門が開いた。そこには江本の姿が。

「おはようございます」図太い声で挨拶をする。

「ああ、おはよう。店長はどこだね?」

「店長は朝の散歩に行っています。じき帰られるかと」

島田は顔を歪ませた。今6時だぞ?何時起きなのだろうか……。それに散歩って……。お年寄りか犬ならわかるが、いい大人が朝から健康第一とはね。都会暮らしの島田にとってみれば朝はないようなもの。その上、職業柄、朝布団で目を覚ます方が珍しい。張り込みなどで車で寝ることが多い。

5分ほど経つと、上原が帰ってきた。

「おはよーごさいます。よく眠れましたか?」

「ああ、おかげさまでぐっすりとな」

多少皮肉を込めている。

「朝食でもどうです?しっかりと食べておかないと夏なんか、すぐにばててしまいます。熱中症にもなりやすい」

なんということだ。ただの客人にここまでのサービスをするとは。旅館でもないのに。島田は思わず頷いてしまう。

トントントン。包丁がまな板を叩く音がする。懐かしい雰囲気だ。ここにいると嫌なことを忘れることができる。穢れた心をほぐすにはもってこいの場所だ。東京の外れにこんな場所があるのか。いや、6時間もかかるんだ、東京のはずがない。長野県に位置してるはずだが。何故東京管轄なのだ……。

用意された朝食はご飯、味噌汁、漬物、卵焼きと鮭の塩焼きという純日本風だ。

「納豆や醤油、焼きのりはご自由に〜」

味噌汁をすすりながら上原はいう。

食卓に置かれた納豆や醤油、焼きのりは、それぞれに個性的な香りを放ち、そうしたもろもろの食べ物が朝の膳に渾然とした朝のムードをかもし出している。

ただ一つ気になる点は、納豆がパックに入っていなくて、小鉢に入っていることだ。手間のかかることを……。普通は、パックから出してご飯の上にかけるもの。小鉢からご飯になんて聞いたことがない。まあ文句は言えないけど。


簡単な朝食を済ませ、聴き込みの支度をしようとしたら、上原が歯磨きをしながら、見送りにきた。

「へは、気をふけてくだはい。恐らく、はなたは事件は単純かつ明快な答えだとお考えになっているはふでふ。しかし、こんな村で殺人を犯すぐらいです。一筋縄ではいきまへんよ」

口をモグモグしながら、上原はいう。

「大丈夫だ。警察をなめてはいけない。じゃ世話になったな」

店の門から出て、昨日の現場へと急いだ。


現場には既に、数名の刑事がいる。彼らは島田の姿を認めると、会釈した。

「よしこれで全員だな?これから聴き込みを行う。手分けして捜査に当たってくれ。俺は、第一発見者の鉄吉に会ってくる」島田がそう言うと、刑事たちは皆散ってしまった。


鉄吉の自宅は、事件現場から南東方向にある。パトカーで10分かかるぐらいだから、歩きでは40分はかかるだろう。

鉄吉は縁側で、友人と将棋をしている。

「すみません。少しお時間をいただいてもよろしいですかな?」島田の呼びかけに、鉄吉は反応し、頷いた。

「これはこれは刑事さん。何かご用ですか?」白髪頭の鉄吉はどこか余裕そうだ。鉄吉は、ライターを取り出して、煙草に火をつけた。

「確か、昨日の事件で被害者を最初に発見したのはあなたですな?」

「はい、間違いありません」

「それは何時ぐらいか覚えてますか?」

「16時45分くらいでしたかね。私は、仕事場から帰宅した後、村長に用があり、そのまま村長宅に向かいました」

「そして、被害者を発見したと」

「ええ、腹から血を流してたので、すぐさま、電話で警察に通報しました。それからは、佐村巡査にも連絡し、この村から人を出すなと言いました」

「ほお、そうですか。一つ聞きたいのですが、何故あなたはすぐに警察に通報をしようと考えたのですか?普通は救急車を呼ぶのが先かと」

「おっと、誤解を招く表現でしたね。脈をとってみたのです。村長には脈がなかったので、警察に通報したのです。これでよろしいですかな?」笑みを浮かべた鉄吉に、不満顔になった。明らかに怪しい。島田の長年の経験から、鉄吉が犯人であると推測する。その後は、龍二に恨みを持つ人物がいないかを聞いてみたが、上原と同じ内容で、特に意味をなさない。

「では、最後に昨日の15時から16時までの間、どこで何をしてたのかをお聞かせください」

「え〜と、15時に、ここから真西にある仕事場を離れました。それから真東に自宅へ向かいました。15時20分頃かな?当然、強い雨が降り出しまして、ちょうどそこに東屋があり、雨宿りをしてました。傘を忘れてしまったのでね。そして、20分後に雨が止み、そこから20分かけて自宅にたどり着きました。あ、忘れてました。帰るときは、馬を引き連れていました。この村の人たちは、車がないため、荷物を運ぶときなどは、馬を使うんです。まあ、映画に見られるような馬車ではありませんがね」

「それを証明できる人は?」

「いませんね。ただ、16時に帰宅したことは、妻が証言してくれます」

「つまりは、確実なアリバイがないと」

「そういうことになりますね」

また不敵な笑みを浮かべた。何故ここまで余裕があるのだ。

「ご協力ありがとうございます。また、お話を聞くことがありますのでご了承ください」

「はあ……。私の友人を殺害した犯人を早く捕まえてください。特に親しかったのでね」


「やれやれ」鉄吉と別れてから、島田がうんざりした顔でいった。

「芸能人じゃあるまいし、あんなに悠々としゃべり立てる人間なんて、いるはずがない。何が嬉しくて、余裕をかましているのかわからん」

聴き込みの結果、鉄吉以外の者には、三人以上で行動していたことから、全員にアリバイが成立した。言い換えれば、鉄吉にはアリバイがない。イコール彼が犯人である確率は非常に高いということ。それだから、警察側は勝利を確信している。

「あとは、自白も時間の問題。余裕などないはずだが……」島田の顔はどこか冴えない。

「もう一度、鉄吉のもとへ行こう」

島田は、部下に指示を出す。


「おや、先ほどの刑事さん。また何か用ですか?」鉄吉はあくまで余裕そうだ。「聴き込みの結果、あなた以外の村の者たちにはアリバイが成立しました。あなただけなのです。アリバイがないのは。実は、殺したのは自分じゃないんですか?」

「ほ〜、そうですか。いやこれは参った。私が犯人だと。しかし、私はやってませんよ」

「馬鹿なことを言うんじゃない!」島田は、興奮した口調でいった。「何故そう言い切れる?」

「『雨』ですよ。先ほど、15時20分ころに強い雨が降ったと言いましたね。おっと、一度話を整理しましょう。まず、仕事場から村長さんの家に行くには二つの道があります。一つは、仕事場から直接行くこと。これは北東に徒歩で20分かかります。二つ目は、仕事場から真東に40分歩くとこの自宅にたどり着きます。それから、北西に40分かけて歩くと村長さんの家に着く。この二通りしかありません。私は、事件当日、二つ目の道を選びました。本来この道で行くと、80分かかります。しかし、仕事場から自宅に向かう途中20分間、強い雨が降り出した。このため、プラス20で100分かかったことになります。これだけでは、一つ目の道でも同じ事が言えます。20分かけて村長の家に行き、村長を殺害。それから南東の方角、つまり私の家まで40分かけて歩きます。そして、再び村長の家へ40分かけて歩く。これでも100分はかかります。しかし、よく考えてください。実は、村長の家から自宅へ行く途中には東屋がないのです。つまり、一つ目のルートで行くと、必ず雨に濡れることになります。15時に仕事場を離れ、15時20分に村長の家に着いた時に雨が降り出したことになります。そこで村長を殺害して、16時に自宅に着くには、20分間雨に当たらなくてはいけない。なら、帰宅時には服がびしょ濡れになってるはず。ここで妻の証言が役に立つはずです。おーい、カブ子、こっちに来ておくれ」

台所から、妻のカブ子が現れた。

「カブ子よ、昨日の16時私が帰宅したとき、服は濡れていたかい?」

「いえ、濡れていなかったわ」

「どうせ口裏を合わせているだけだ。証拠にはならない!」一人の刑事が反論した。

「そうおっしゃると思いましたよ。けど、一人ではなく四人ならどうでしょう?」

「どういうことです?」島田は訊く。

「妻の友人が遊びにきていてね、その三人も私の服装を見てるはずです。確認して見てください。三人とも同じ証言をしてくれますし、妻ならともかく、三人は私が帰宅して、村長の家に行った直後に帰られたはずです。とても口裏を合わせることはできません」

「確認を急げ!」島田は、部下に命じた。「は!」

「あなたは、馬を飼っていらっしゃいますね?事件当日も仕事場に馬を連れていた。それなら、村長を殺害した後の雨の時間はそこに留まり、止んだあと、馬に乗り20分で帰宅した。どうですか?」

「面白い推理だ。けど、この村の馬はアスファルトを走るのを嫌いますし、私の馬は脚を怪我してましてね、どうやっても走ることは不可能です。ちなみに、馬は荷物を運ぶためだけに連れてきただけです」

「なら、替えの服を持っていた。20分は雨に当たっていて、その後はタオルで体を拭いて、それから着替えて、20分歩いた。これならどうです?」

「替えの服は持っていきませんでした。仕事場の同僚がそう証言してくれます」

「なら、仕事場から村長の家に向かう途中にでも服を置いておくとか……」

「いい加減にしてください!いつ雨が降るかわからないのに置いておけませんよ!それに、どのみち帰宅するときには、妻がそれを見てるはずです!」

鉄吉は、自分が疑われ続けていることが気に食わないのか、声が荒い。どうやらこれ以上打つ手がない。要するに、鉄吉は仕事場から自宅に直行したと言いたいわけだ。

「わかりました。今日のところは引き下がります。また後日話を伺います」

浮かない顔で、島田はその場を去った。



ちょうど12時を過ぎたところだ。お腹が空いてきた。本来ならとっくに事件を解決していて、帰ってるころだが、予想外に苦戦している。アリバイはないが、状況が鉄吉の犯行を不可能にしている。傘も使わず、馬にも乗らず、着替えも持たず、一体どうやったら雨で濡れることなく犯行を成し遂げ、自宅に帰れるのか。頭の中がパンパンで今にも破裂しそうだ。とりあえず休憩しよう。その問題を考えるのは後でもできる。


「おや?いらっしゃい、事件は解決しましたか?」店の外で、煙草をふかしていた上原が訊いた。

「解決も何もねえよ。容疑者はたった一人なのに、そいつの犯行が不可能なんだ。おまけに、あの饒舌ときたら腹が立ってくる。あんな計算すぐにはできねぇよ」怒りの気持ちを抑えられないようだ。「そりゃ大変スね」上原は扇子を開いて口元を隠した。本当に大変だと思っていないだろう。島田には、口元が笑っているとしか思えない。

「どうです、ここで休憩でもしときますか?」

「ああ、そうする」そういい、店の中に入っていく。

コト。江本がお茶をちゃぶ台に置き、再び姿を消した。

「ほ〜そうですか、それは解けませんよね」

「まだ、何も言ってないだろうが」

「確かに鉄吉さんのアリバイはありませんね。けど、服が濡れてないことから犯行は不可能。おまけに、傘を持ってなかったことや馬が使えないことなどの条件でさらに不可能を演出している」

「おい、だから俺はまだ何も……」

「その上、妻以外の人物には口裏合わせができないとなるとますます無理な話ですね」

「さっきからなんだ?!お前さんは、現場にでもいたのか?」自分が言おうとしてることを、何故か先に言われる。その違和感に耐えられない島田は、ついちゃぶ台を叩いた。すると、上原は右手の人差し指を天に向け、

「実はアタシには、超能力がありましてね。一度あったことのある人の声を遠くからでも聴くことができます。だから、島田さんの声はアタシの耳にいやでも入るんスよ♪」

「超能力だと?そんなふざけた話があるか」拍手を送りたくなるくらい呆れたようだ。

「信じる信じないはご自由に。ところで、島田さん。一休さんは知ってますか?『このはしわたるべからず』で有名なやつッス」上原は訊いた。

「ん?ああ、『橋』と『端』がかかっているアレだろ。それがどうした」

「要は、発想の逆転です。一見すると、難しい命題も一歩引いて考えれば、どうってことないんです。一度は常識から外れた考えをしてみてはいかがでしょう?ここは都会ではなく田舎です。わずか五十人ばかりの小さな村です。都会の常識は捨てましょう」

「何が言いたい。もったいぶらずに話せよ」その時だった、島田の携帯電話が鳴る。鑑識からである。電話に出ると、

「被害者の家を徹底的に調べたら、妙なことがありました。バスタオルが数枚見当たらないのです。被害者が倒れていた部屋は寝室らしく、タンスは開いたままで、そこを調べてみたのですが、バスタオルだけが見当たらないのです。体を拭く際に使うなら、一枚ぐらいはあるはずですが……」

「バスタオルがないだと?」島田は首を傾げた。上原の方を見ると、紙に何やら書き込んでいる。

「そうか、ご苦労。引き続き調査してくれ」といい、携帯を閉じた。

「で、お前さんは何をしている」島田が訊くと、

「ああ、わかりましたよ。この事件の真相が」と得意そうに言う。

「なんだと?!我ら警察が苦労しているんだぞ。素人にわかるわけが……」

「素人だからわかるんですよ。警視庁の人間がいくらいても解けないでしょう。何故こんな簡単なことに気づけなかったのか。トリックなんてものは存在しません。いわばとんちなんです」

「はあ?」島田はさらに首を傾げた。

「さて、行きましょうか。鉄吉さんのところへ。おーと忘れてました、ここ一週間の天気予報のメモをしとおかないと」

わざとらしい……。



この事件のポイント

①犯人である鉄吉は、どのようにして服を濡らさず自宅に帰ったか。

②消えたバスタオルの行方は?


「この村は、15時過ぎになると雨が降りやすいみたいですね。それも短時間の強いやつ。となると、計画的ッスね。あとは証拠だけど……これに関しては自白に頼るしかありません。運頼みとも言います」

ボールペンを取り出し、ある文字を書いた。


『Q.E.D.』























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