花見虱
短編というにはちょっと短い、
掌編というにはちょっと長い。
まさに帯に短し襷に長し。
そんな感じです。
お前の彼女が事故死した。
朝目を覚まし、真っ先に飛び込んできたモノがその一文だった。
唯でさえ起き抜けで働かない思考が完全にストップする。
彼女が死んだ?昨日まで普通にしてたのに?
これ以上の事が考えられず、ただひたすらに困惑していた俺の携帯が震えた。
友人からの電話だった。
「なに?」
『なにじゃねぇだろ。メール見てねぇのか?!』
そういえば、あの一文…メールの差出人は友人だった。にしてもやたらと雑音が聴こえる。
「見たに決まってんだろ」
『お前、なんでそんなに落ち着いてられんだよ…』
「…落ち着いてなんかねぇよ」
正直、落ち着くというよりどうしていいのか分からず呆然としていただけだった。
しかし友人の声は怒りに震えているようで、
『嘘だ…』
「嘘じゃねぇって…」
『嘘つくなよ!!』
「嘘じゃねぇって!お前こそ落ち着け」
異常なほどに取り乱す友人の前で俺が取り乱せるわけもなく、少々苛立っていた俺は遂に声を荒げた。すると友人は暫く黙り込んでいたが、やがてぼそぼそと呟きだした。しかし殆どが雑音に飲み込まれてしまう。
『お前…アイツがいつもどんな思いで…』
「なに?」
全てが聞き取れたわけじゃない。
だが、最後の一言
『お前じゃ、アイツは幸せにできない』
それだけは嫌ってほどはっきりと聞こえた。
なにを言っているんだ。
幸せもなにも。アイツは、死んだんだろ?お前がそう言ったじゃないか。
言葉に出来たかは定かじゃない、友人に届いたかも分からない。気付けば通話は途切れていた。
明らかに様子のおかしい友人を放っておく事は出来ず、俺は出かけた。通話中に聴こえた雑音、恐らく友人は外にいる。
「とにかく会って話さねぇと…」
友人は少々思い込みの激しい一面を持ち合わせているためなにかと心配だった。
家の前の通りを進んでいると傍に公園が見えた。何の気なしに足を止めなかに入る。するとそこで、桜の雨に降られながらブランコがひとりでに揺れていた。
思い出した。
付き合いたての数ヶ月くらい、ほぼ毎日下校時間になればこのブランコに座って遅くまで二人で話していた。内容こそ他愛のないものだったけれど、その時間はとても充実していた。
最近ではそんなこともせず、俺はさっさと帰ってたっけ。
ブランコを軽く撫でしみじみと見つめる。
もうそんなことも出来ないんだ、と。
これまで深く考えも、振り返りもしなかった彼女との日々が今になって芋づる式に思い出される。それを振り払う様に俺は公園を飛び出した。
大通りに出れば、なにやら人集りが交差点を囲んでいた。
気になった俺は人の波を掻き分ける様に進んだ。そこにはフロント部分のへこんだトラックと血溜まりがあった。
まさか、ここが彼女の…。
『まだ若いのに可哀想ねぇ…』
『南高校の生徒らしいじゃない…』
俺の嫌な予感は的中したらしい。
ここが、彼女の事故現場なんだ。
認めざるを得なくなった俺はふらふらと近くのとある廃ビルへと向かった。
割れて散乱した窓ガラス、落書きだらけの壁。所々欠けている階段を登り、軋む扉を開けて屋上へと出る。
そこには雲ひとつない爽快な青空が広がっていた。
俺は初めて、彼女の為に涙を流した。
どんなに冷たくしても突き放しても、どんなに傷付ける事をしても彼女はいつも「大丈夫」とだけ言って隣で微笑んでいた。
都合がいいんじゃない。
本気で愛してくれてたんだ。
こんな形で失ってから気付くなんて。
「ごめん」
誰も居ないのは分かっていた。
でも彼女だけは隣にいる気がした。
「今度は俺から行くよ」
俺は錆び付いたフェンスを乗り越え、一歩踏み出した。
はずだった。
俺の腕を、細い両の手でしっかりと掴んでいる奴がいた。
「バカな事してんじゃないわよ!!」
そこには、死んだはずの彼女の姿があった。
混乱で言葉を失い、俺はただ彼女を見つめていた。
「…お前、なんで…生きて…」
ようやく出た言葉がそれだった。あとは鯉の様に口をパクパクするだけで音にはならなかったのだ。
「生きて?なに言ってるの…死ぬわけないじゃない」
「まじなの?幽霊とかじゃ…」
「君幽霊とか信じる人だっけ?」
「いや、今めっちゃ手掴まれてるし信じるしか?」
「あ、私死んでること前提なのね」
「そう聞いたしな…」
会うのすら久々だというにも関わらず、彼女
との会話はまるで何事もなかったという様に距離を感じられなかった。それこそ、つい昨日の事かのように思えたのだ。
「お前、やっぱすげぇわ」
「なによ急に」
「いやぁ、改めて?」
「そんなこと言ってないで、上がってくる努力しなさいよ…!」
話に夢中になってて気付かなかったが、彼女の腕は震えていた。
「っ、悪い!」
「ごめん、も…ムリっ!」
「うえっ?!」
彼女の声を聞いた次の刹那、彼女の身体ごと俺の胸に飛び込んできた。
そして案の定落下する俺たち。
俺は、しっかりと彼女を抱き締めた。
このまま死ぬことになっても彼女だけは守ろう、と。
「大丈夫」
その声に目を見開いた。
腕の中の彼女が優しく微笑んでいた。
いつもの、あの笑顔で。
俺も思わず笑みがこぼれた。
「いでっ?!」
「きゃっ」
俺たちを受け止めたのは錆びつき軋んだ金網だった。
「言ったでしょ?大丈夫って」
俺の上に跨る形で着地した彼女がいたずらっぽく微笑む。
「お前、この事知ってたな?」
「知らなかったら一緒に落ちたりしないわよ」
何故彼女はこのビルの形状などを把握してたのだろう。
いやそもそも、
「お前なんで此処に来たんだよ。こんな廃ビルに」
「…君さ、覚えてないの?告白してくれたの君のくせに」
なんてことだ。こんな大事な事を忘れるなんて。
まだ付き合う前の夏祭り。
このビルの屋上は、花火が綺麗に見れると聞いた俺は彼女を連れて来たんだ。
そして、気恥ずかしくなった俺は花火の音に被せる様に想いを告白した。
彼女は愛らしく頷いてくれた。
その日からは毎月の一日はここで会おうと約束もした。いつからか俺は行かなくなったけどこいつは毎月来てたんだと、思い知らされた気がした。
「大丈夫」
その一言に救われた様な気がした。
いや、救われてたんだ。
あのメールがなければ彼女との関係を見直す事もなかった。
「にしてもたちの悪いメールだよ」
「メール?」
「あぁ、お前が死んだって」
「…あはっ、それってさ」
彼女の反応は予想外だった。
くすくすと小さくだが楽しそうに笑い、
「今日、なんの日かな?」
「なんの日って…一日は…」
言いかけた時に気がつき、彼女の笑みにも納得した。
空に舞う桜の花弁を背景に微笑む彼女。
俺は携帯を取り出し目の前の現実を、写真に収めた。
そして一言「ありがとう」と添えその写真を友人の携帯に送った。
心地よい春の風が吹き抜ける。
友人からの返事は、まだ届いていない。
はい。
なんとも中途半端な終わり方でしたね。
あの後二人はどうなったの?
あの事故現場はなんなの?
友人はどこにいたの?
などなどあると思いますが、
今のところはご想像にお任せします!
では、またいつの日か。