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午後9時13分
彼は掴まることなく、屋上へ来た。
彼はもう服を着替えていて、黒を基調としていて、シルクハットにタキシード。そして、マントを羽織っていた。
今では、スピーカーから、ネックレスを盗まれた、直ちに探せという命令が飛び交っている。しかし、それは、美術館内でのこと。外ではどうなったのかと騒ぎ始めていた。
彼は屋上に繋がっているドアを開けた。そこには誰もいないはずなのだが、彼は分かっていたように声を掛けた。
「やっぱり、あんたらか。俺の邪魔をしてたのは」
その場に居たのは、シルキーとユーリだった。そして、彼はドアを閉めた。
「気付いてると思った。で、どうするつもり?」
シルキーが言った。
「そりゃー、逃げるが勝ちでしょ」
「その前に盗んだもの、返す気はない?」
「これっぽっちもないと言いたいところだが、これは返しておくよ」
彼の手元から、シルキーの元へ行ったものとは、彼が盗み出した『赤い涙の結晶』だった。
「オレに偽物を盗ませようとしてたみたいだけど、無駄だよ。それに、本物はこの手の中だからね」
「それは、すごいわね。でも、簡単に逃げられるかしら」
ユーリは言った。
「そりゃね。君はあの気球のことを言ってるんだろう?あれは、ダミー。君達がオレを騙したように、オレも騙したということだ。真実はこの手の中に……」
彼はそう言うと屋上から飛び下りた。
「なっっ!!」
シルキーとユーリはそろって叫んだ。二人はすぐにその場へ行き、下を覗き込んだ。
そこには、パラグライダーが飛んでいた。どこから出したのか、たぶんそれが彼なのだろう。
下には、なぜか警備員も警察官もいなかったため、二人以外誰にも見られずに彼は美術館から逃げた。
「やられたわね」
「逃げられたか……」
二人はそう言いながらも、悔しそうには見えず、むしろ楽しそうに見えた。
「ユーリ、探知器はどうなってる?」
「気付かれてたみたいね。所定の場所のままよ」
ユーリが怪盗に逃げられるかと訊いたのは怪盗が気球で逃げると思ったからではなく、探知機があったからだ。
本物のネックレスに小型の探知器を付けていて、盗まれても気づかれなければ追えれるようにしていたのだが、それをも見抜き、外すとはえらい奴と敵になったものだと二人は思った。
「それにしても、私たち、完全にあいつにやられたって感じね」
「まーね、あいつを少し甘く見ていたようね、でも、次は負けないから」
「もちろんよ」
二人は、手を『グー』にして、お互いの手をコツンと合わせた。
月の下にあの人影の者が、まだ、そこに居た。
一年前の出来事を思い出して懐かしんでいるようだ。
『あの時は楽しかったよ、探偵さんたち』
スッと草原に風が吹き、かぶっていたフードが取れた。
その人物こそが怪盗3623、通称、怪盗ミルティスだったのだ。彼はまた、不敵な笑みを浮かべ、彼はその場から姿を消した。