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秋に待つ人

作者: 黒部伊織

 待っている時間というのはどうしても長く感じてしまう。

 それは、何もしないでただ立っているだけだからだろうか。それとも待ち合わせたことを何度も何度も頭の中でぐるぐると考えるからだろうか。

 待っている状態というのは止まっている。私は公園の街灯によりかかり、何をするわけでもなく突っ立っている。

 頭の中で待ち合わせたあいつのことをぼんやりと考えながらただ待っている。

 ちょうど晩秋の太陽が傾きかけてきた夕方で、寒さが急に体に染み入ってくる。でもこの寒さは太陽が沈んできているからじゃない。さっきまで屋内にいた時に体に溜まった暖かさが冷たい外気によって私の体から急速に失われているからだ。

 私は待ち合わせ場所を外にしたことを大いに後悔した。昼間の空は青く晴れ渡っていたが、その明るさと気温は別だった。

 もうすぐ冬が来ようかというこの時期では太陽の熱はとうの昔に体を温める暖かさを失っていたのだ。

 私は諸々の後悔に気が重くなった。時計を見ると約束の時間の2分前だった。あと、少しであいつが来る。冷えた手を擦り合わせて寒さを凌ぎながら、私は腕時計を見ながら時間を数え始めた。

「いち、に、さん――」

 何か他のことをするにはあまりに短過ぎるこの時間を数えることでやり過ごそうとした。

「さんじゅうに、さんじゅうさん、さんじゅうし――」

 無味乾燥な時間が流れていく。まったくの無駄に思えるような時間。けれども私には何か有益な使い道は思いつかなかったし、かといってまったく黙って過ごす事も出来なかった。

 人生において時間の貯金が出来たなら、こういった端数が積もり積もって大層な時間になるに違いない。けれどもこの細かな塵のような時間はその小ささ故に何の用途も無く、ただやり過ごすことしかできないのだ。

「ひゃく、ひゃくいち、ひゃくに、ひゃくさん――」

 あと少し。気持ちは焦るが、時計の秒針は早くはならない。出来ることなら無理矢理指でも突っ込んで進めてしまいたいが、そんなことをしたところであいつが早く来るわけもなく、腕時計が壊れるだけだ。

「ひゃくじゅうろく、ひゃくじゅうなな、ひゃくじゅうはち――」

 どんなことにも終わりが来るように、この時間を数えながら時間を潰すという不毛な行為にも終りが来る。けれどもこの時間は中身がない分だけ凄く長く感じたような気がした。ちょうど何か手のひらサイズの置物がそこにあればその大きさが分かる一方で、視界を全て埋め尽くすような大きなものと視界に何もないという状態が両方ともその大きさを認識できないといったように。

「――ひゃくにじゅう!」

 私は時計の秒針と一緒にきっかり120秒、2分を数え切って周囲を見回した。薄暗がりの中をとぼとぼ歩くサラリーマンと見える中年の男が一人歩いているだけで他に人影はない。

 私は再び視線を時計に戻すと約束の時間から30と7秒ほど秒針が進んでいた。私の頭の中はさっき時間を数えていた時と打って変わって空白のようになってぼんやりとしていた。

 そのまま何度かあたりを見回したり、通りに出て少し歩き遠くを見たものの、やっぱりあいつは来ない。

 私が元いた場所に戻り腕時計に視線を戻すと待ち合わせの時間が2分と少し過ぎていた。さっきはあれほど焦れったく感じた時間の流れは何故か今度は一瞬だった。

 けれども、ここに戻ってきてから再び時間の流れが遅くなってきているように思えた。夕暮れはにわかに暗くなってきたような気がするし、私の体は確実に冷えてきている。

 私は苛立ちを覚えて、足元に疎らに落ちていた木の葉を踏みつけた。茶色い落ち葉はくしゃっという音を立てて崩れる。

 この葉っぱは茶色になる前は何色だったのだろうか。公園の木々にはもう3割くらいしか葉が残っておらず、それも紅葉とは程遠い茶色だ。

 秋になり太陽の暑さが遠のくに連れて木々の葉は色を変えていく。まるで季節が変わり気温が低くなることに抵抗するかのように赤や黄色の暖色へと自らの色を変える。

 だが、結局は抵抗むなしく色素を保つことができなくなり殺風景な茶色へと変わる。そしてその身すら支えることができなくなり地面へと落ちていく。

 それは時間の流れの無情さを表しているのだろうか。

「違う」

 私は口に出して否定してみた。

 木の葉の末路に私が勝手に哀愁を注ぎ込んだだけなのだ。自分の苛立ちを紛らわすために。

 腕時計を見ると約束の時間は12分過ぎていて、私は思わず天を仰いだ。やり場のない憤りが体の中を駆け巡る。

 あいつが来たらどんなふうに怒ってやろうか、少し意地悪をしてみようかなどということを止めどなく考えていると、誰かが小走りの音が近づいてきた。

 私が音のする方を向くと、あいつが息をきらして走ってきていた。

 腕時計に目をやると待ち合わせの時間から18分が過ぎようとしている。

「ごめん、ちょっと遅れた」

 息も絶え絶えに申し訳そうな、それでいて明るい声と表情。

 私は「うん」とだけ答えて少しだけ視線を逸した。

 お願いだからそんなに無邪気な顔で謝らないでくれ。それじゃまるで苛立っていた私が悪いみたいじゃないか。

「行こっか」

 私はもやもやとした気持ちを飲み込んで、今日もこの遅刻魔を許してしまった。

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