夢の中の蜜月side香苗
香苗side
「雪…お帰りなさい」
「香苗、ただいま」
愛しの旦那様をハグでお出迎え。
私以外の前では限りなく見ることがない満面の優しい笑み。
胸がキュンとなって旦那様の胸に顔を埋める。するとマリン系の匂いがして更に胸が高鳴る。
男らしくスラッと長い指が顎の下を軽く押し上げて、うっとりするキスをされる。
「今日もかっこよかった」
生放送の歌番組でしっとりとラブバラードを歌い上げていた旦那様は世界一かっこよかった。
「香苗……君にそう言ってもらえるのが一番嬉しいよ」
玄関ホールで行き着くところまで行き着いてしまいそうな濃厚なキスをする。こんなに超絶美形な上に優しい男性が私の旦那様だなんて、なんて幸せ。
その後は抱き上げられてリビングに移動、旦那様が私の作った料理を頬張り後は終始イチャイチャしながら就寝。
今日も一日が終わった。幸せ。
ピピピピピピピ………………………………………
「うぅ……うるさい」
ベッドのサイドボードから財布を持ち上げると香苗は小銭を取出し、うるさく鳴り続ける目覚まし時計に小銭を入れる。
「またあの夢か……」
今まで特に気に入った芸能人は居なかった香苗だが、三ヶ月前から毎日見る夢の男は流石に気になる。ファンではないのにもかかわらず毎日見るある芸能人との蜜月新婚の夢。
出す歌は全てチャートの一位を取る今日本で一番人気の歌手雪夜 (ユキヤ)との甘い夢。
「確かに超絶美形だし毎晩夢で彼と蜜月ってイイんだけど、現実とリンクしている辺りが怖いよね」
ナイトウエアを脱ぎ捨て、シャワーに行く。昨夜は生放送の歌番組を見た後に夕食を食べたけど、昨夜の夢は食べた夕食のメニューが一緒だった。
「あり得ない」
キュッとシャワーを止めるとバスタオルで身体を拭い肌を整えて髪を乾かしバスタオルを身体に巻いたままキッチンに行き食パンをトースターに突っ込みコーヒーをドリップする。朝食準備をしてからスーツに着替えた。
「ん?」
お気に入りのクラウンのネックレスを付けようと、クローゼット内の鏡を見て、さっき鏡の前に居た時には気が付かなかったものを見つけた。
「キスマークだよね…なんで?」
――彼氏居ない暦三年を更新中で、男とそんな関係になることはなかったし……あえて記憶にあるっていったら、夢の中の雪夜と?
「そんなまさかね…」
――そんなことがあったら、すんごい気持ち悪いって
ふと時計を見るとコーヒーのドリップが終わる時間だった。不可解ながらも香苗は朝食に向かった。
***
「おはようございます。真雪さん」
「おはよう。香苗ちゃん」
隣の席の美人なお姉様こと工藤真雪に香苗は挨拶をし鞄を足元に置くとウエットティッシュで机の上を軽く拭いた。ウエットティッシュを丸めて足元のクズ入れに捨てると真雪を飲みに誘う。
「久しぶりに今夜行きませんか?」
「う〜ん。景吾さんに聞いてみてからでいい?」
景吾さんは二人の上司である神崎景吾のことで真雪の恋人であった。社内恋愛禁止ではないが景吾の尋常ではないモテぶりに二人は口を閉ざしていた。景吾と真雪の関係を知るのは香苗だけだ。
「……真雪さん。つれないですよ」
「と言っても、今日は景吾さんが夕飯の当番だもの」
「甲斐甲斐男も極まれりですかねぇ。私も彼氏が欲しいなぁ……」
「え?香苗ちゃん、お付き合いしてる人いるんじゃないの?」
「居たらこんな発言してませんよ」
「だって、うなじにキスマー……」
「え?嘘?本当に?」
鞄から手鏡とファンデーションを取り出して合わせ鏡にして確認した。
「うわ……本当にある」
茫然自失の香苗を見て真雪は携帯を取り出しメールを送ってから香苗の肩に手をおく。
「今夜、飲みに行きましょうか?」
「……お願いします」
返事をすると香苗はトイレに行き、髪を下ろし席に戻る。業務時間を報せるチャイムが鳴り、香苗は仕事に入った。
***
「毎日夢でねぇ」
「そうなんです。現実とシンクロしていて気味が悪い……朝起きたらキスマークまであるとかあり得ないじゃないですか」
二人は生中片手に目の前に並ぶ料理を摘みつつビールを楽しむ。
「確かに気持ち悪いね……誰かが深夜に忍び込んでいて、実際にどうかこうかある可能性はないの?」
「それだったら、それこそ色々と違和感が残っているはずじゃないですか。本当に夢の中だけなんです」
行為をされていたら少なからず違和感があるはず。それも確認できないからこそ不安になる。
「これで今日の夢が現実に通りに私が真雪さんと食事してたら、嫌なんですけど……」
「カウンセリングとか占いとか、夢に関わるような所へ相談に行ってみたらどう?」
「とりあえず、今日の夢で考えます」そこで話を切り替えて、その後は真雪と神崎をネタにしばらく飲んだのだった。
***
「ただいま雪」
「おかえり。いつもと反対なのも新鮮だね」
今日は雪に先輩と飲んで帰ると伝えてあったので先に帰ってきたらしい雪はゆっくり休んでいたらしい。リビングのソファーにはお気に入りのクッションと近くのローテーブルにはワインの一升瓶とグラスが置いてある。香苗の従姉からの贈り物で香苗のお気に入りの会社の赤ワインだ。
「ん……リラックスさせてもらってるよ。香苗……」
雪の目がもう欲情に燃えている。なんて色っぽいの?
「キス……したいな」
ポツリと呟かれれば背筋をはい上がる欲望の熱。ふらふらと雪の唇に自分の唇を押しつける。誘うように開かれた口に舌を差し出せば、そこから先はめくるめく熱い夢の世界。
***
「マジですか」
いつも通り目覚まし時計に起こされて夢の内容を再確認する。ついでに自分の体を見れば昨日に上乗せされたキスマークがそこかしこにあり、リビングに走れば一昨日届いた従姉からの贈り物の一升瓶赤ワイン。香苗が封を切っていないのに封がされたままなのに半分に減っていた。
「怖すぎるよ」
香苗はその場に蹲った。