第3話 エスパー特訓の始まり
「ねぇ。私は今、何を考えているでしょう?」
唐突な問いかけだった。
僕は瞬時に思考を巡らせる。これは何だ? 何らかの心理テストか? それとも、相手の思考を読む非科学的な能力――『サイコメトリー』の実験でもしているつもりか?
「……『時差ぼけなので倒れたのは仕方なかった』とか?」
僕が論理的に導き出した回答を告げると、彼女は少しだけ唇を尖らせて、顔をさらに赤くした。
「……ブッブー。正解は、『先輩呼びはやめてほしい』でした」
ごまかすようにそう言って、彼女は目を伏せる。
なるほど。つまり彼女は、この腫れ物扱いされている状況をどうにかしたいが、自分からは言い出しにくいらしい。
僕はゆっくりと立ち上がり、周囲のクラスメイトたちに聞こえるよう、はっきりとした声で言った。
「なるほど、理解しました。それなら何も問題ありませんね、真乃極さん」
あえて『さん』付けで呼ぶことで、彼女が特別な存在ではなく、ただの同級生のクラスメイトであるという認識を周りに示したのだ。
クラスの空気が一瞬だけ緩んだのを感じる。真乃極さんは驚いたように目を丸くした後、ふわりと嬉しそうに微笑んだ。
健太のあの薄笑い……。なるほど、あいつは知っているんだ。僕が真乃極先輩の『超能力開発実験』における格好の被検体に選ばれたことを。
彼女の不可解な密着と問いかけは、極限状態で予知能力を発現させるための精神攻撃に違いない。インチキ神社の息子をエスパーに育て上げようと、非科学的にも程があるが――面白い、その育成プログラム、僕の論理で全て論破してあげましょう。
僕は自分の完璧な状況分析に満足し、眼鏡のブリッジを指で押し上げた。レンズの奥で、次の観測に向けた僕の瞳が冷徹に光る。
+++
四月の少し生ぬるい風が、校舎の窓を通り抜けていく。
私は三年生の教室の窓から、渡り廊下を歩く後輩たちの姿をぼんやりと見下ろしていた。
私の名前は高橋沙紀。本来なら、あの真乃極凛と同じ学年で、親友と呼べる間柄だ。彼女が海外へ行き、不本意な形で下の学年に編入した経緯もすべて知っている。
だからこそ、先ほどの図書室での騒動も、少し離れた場所からしっかり観察させてもらった。
「あの子……完全に落ちた顔してたわね」
無意識にこめかみを押さえる。
凛は頭脳明晰だけど、一度思い込むと一直線なところがある。しかも、相手はあの変人で有名な亀岡十幡神社の息子だ。一筋縄でいくとは思えない。
親友の初恋を放っておくわけにもいかず、私は休み時間を利用して、二年A組の教室へと足を運んだ。
目当ての人物はすぐに捕まった。首にワイヤレスイヤホンをかけた、いかにもチャラそうな男子生徒――佐藤健太だ。
「おや、高橋先輩。わざわざ俺なんかに用事っすか? 光栄だなぁ」
「お世辞はいいわ。あなた、情報通なんでしょ? 亀岡頼斗くんのこと、少し教えてくれない?」
私が単刀直入に切り出すと、健太は面白そうに片眉を上げた。
「あー、やっぱり? 図書室の件っすよね。いやぁ、頼斗のヤツ、ガチで恋愛フラグ折る天才ですから。あいつ、さっそく真乃極先輩からのアプローチをバキッと折ってましたよ」
「……は? さっそく?」
「あいつ、超常現象とか心理トリックを論破するのが生きがいみたいなもんなんで。先輩の好意も、全部『物理的な因果関係』として処理してるっぽいです」
健太はニヤニヤと笑いながら、頼斗の常軌を逸した理屈っぽさを解説してくれた。
呆れると同時に、私は目の前の後輩男子に少しだけ感心していた。飄々《ひょうひょう》としているように見えて、この佐藤健太という子は、意外と鋭く周りの人間を観察している。
「あなた、意外とよく見てるのね」
「伊達に情報通やってないんで。ま、俺はあの二人のすれ違いが面白すぎるんで、しばらく傍観させてもらいますけどね」
悪びれもなく笑う健太を見て、私は小さく息を吐いた。
でも、なんだろう。彼と話しているこの短い時間が、思いのほか心地よいと感じている自分がいる。
「……そう。色々と教えてくれてありがとう。まあ、凛が暴走しすぎないように、私も気を配っておくわ」
私は健太に背を向けながら、胸の奥で微かに芽生え始めた、名状しがたい小さな感情に蓋をした。
今はまだ、親友のポンコツな恋の行方を見守るのが先決だ。




