第1話 インチキ神社と編入生
「ハァァァァァッ! 悪霊退散、交通安全、無病息災ィィィッ!」
父のやたらと通る野太い声が、朝の境内に響き渡る。
ここは僕の実家、亀岡十幡神社。昨今の宗教離れにより参拝者が激減し、存続の危機に瀕している、いわゆる田舎のしがない神社だ。
そして今、父は依頼された新車の交通安全祈願を行っている真っ最中である。
「頼斗! 今だ、風の音ォ!」
父がバサァッ! と大げさな身振りで大幣――木の棒の先端に白い紙を縛り付けたアレだ――を左右へ振り払う。
僕は祭壇の影でため息をつきながら、手元のタブレットを操作した。
スピーカーから『シュオォォォォン!』という、ファンタジー映画の魔法陣が起動する時のような大げさなSE音源が流れる。
それに合わせて、足元に仕込んだスモークマシンから白い煙がプシューッと噴き出した。さらに背後に設置した大量のLEDライトが神々しく明滅する。
「おおお……!」
依頼主である新車のオーナーが、感嘆の声を漏らして柏手を打った。
いや、騙されるな。ただの音響と照明効果だぞ。
僕は心の中で冷静にツッコミを入れる。
父はこのように、スモークやSE音源を使ったマジックショーのような派手な演出で、なんとか話題を作ろうと必死なのだ。おかげで地元民からは完全に『インチキ神社』扱いされている。
世の中の超常現象なんて、すべて物理法則や心理トリックで説明できる。僕は物心ついた時から裏方としてこのインチキに加担させられてきたせいで、すっかり悟りを開いてしまった。
「よし、これでこの車は完璧な神のご加護を得た! いかなる事故も回避できるであろう!」
「いや、運動量保存の法則を無視して事故を回避できるわけがない。安全運転を心がけるのが最も確率の高い生存戦略です」
ついポロリと口に出た僕の論理的な忠告は、父のドヤ顔と無駄に壮大なSEの残響にかき消された。
こんな変人一家の息子である僕が、女子から好意を向けられる確率など、天文学的に計算しても0%である。それは揺るぎない宇宙の真理だ。
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「よっ、頼斗! 今朝も派手にやってたねぇ、スモーク」
通学路の合流地点で、背中をバシッと叩かれた。
振り返ると、栗色のポニーテールを揺らす幼馴染の伊藤さくらが、八重歯を見せて笑っていた。彼女は僕の家のお隣さんで、保育園からの付き合いだ。
「おはよう、さくら。質量五十キログラムの物体による不意打ちは、僕の脊髄に深刻なダメージを与える可能性があるからやめてくれ」
「相変わらず可愛げのない返しだねー。あ、私まだ五十キロないから! 四十八キロだから!」
「誤差の範囲だ。それにしても、あのインチキ祈祷を毎朝見せられる身にもなってほしい。あのスモークマシンのランニングコストを計算すると、親父の時給は最低賃金を下回っている可能性が高い」
「あははっ! 頼斗はいつも理屈っぽいなぁ」
さくらはケラケラと笑いながら僕の隣を歩く。
彼女はコミュニケーション能力が高く、誰とでもすぐに仲良くなれるタイプだ。女性の扱いに全く慣れていない僕が、唯一まともに会話できる女子でもある。
「でもさ、頼斗も高校二年になったんだし、そろそろ彼女とか欲しくならないの?」
「不要だね。恋愛という不確定要素にリソースを割くのは非効率的だ。第一、町中で『あの怪しい神社の変人一家』として知れ渡っている僕に、好意を寄せる女子が存在する確率は0%だ」
「出た、頼斗の『確率0%』理論! ま、確かにあのスモーク焚いてる頼斗のお父さん見たら、普通の女子はちょっと引くかもね」
「肯定する。だから僕は、平穏で論理的な高校生活を送れればそれでいいんだ」
心拍数一つ変えずに淡々と答える僕を見て、さくらは「はいはい」と呆れたように肩をすくめた。
僕にとって、女子との会話はこの程度のテンションが正常値なのだ。
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かつて地方都市のベッドタウンとして開発が進められたものの、計画が頓挫しすっかり過疎化が進んだこの町では、僕たちの通う県立釜久羅高等学校も、今では学年に1クラスしか存在しない。
生徒同士の顔ぶれは中学の頃からほぼ同じで、人間関係が濃密すぎるゆえに噂は光の速さで広まる。
そんな閉鎖的なコミュニティに、新学期早々、特大のイレギュラーが投下された。
「えー、今日からこの二年A組に入る編入生を紹介する。入ってきなさい」
担任であり物理の教師でもある山田先生が、教卓から教室のドアを促した。
ガラリと戸が開き、一人の女子生徒が教壇の前に立つ。
艶のある長い黒髪。少し大人びた雰囲気でサイドの髪を耳にかけており、その顔立ちは驚くほど整っていた。
その瞬間、教室中がどよめいた。
「嘘、真乃極先輩じゃん……」
「なんで? 海外の学校に行ったんじゃなかったっけ?」
「え、てことは同級生になるの?」
周囲のざわめきから推測するに、どうやら彼女は一つ上の学年だったらしい。
「真乃極凛です。よろしくお願いします」
彼女は静かに挨拶をした。
山田先生が黒板に彼女の名前を書きながら補足する。
「彼女は親の都合で海外に行っていたが、向こうの特殊なカリキュラムのせいで日本の単位と互換性がなく、二年からのやり直しとなった。つまりお前らと同級生だ」
事実上の留年、というわけか。
僕は、熱狂と戸惑いが入り混じるクラスメイトたちをよそに、極めて客観的な視点で彼女を観察した。
顔色が悪く、目の焦点が微妙に合っていない。歩様も不安定だ。十中八九、強烈な時差ボケによる睡眠障害と自律神経の乱れだろう。
僕の脳内では、彼女の健康状態を示すパラメーターが物理的に弾き出されていた。
周りの男子たちは「美人の先輩が同級生になった」と浮き足立っているが、僕には関係のない話だ。
何しろ、僕のような人間に彼女が関わってくる確率など、絶対にあり得ないのだから。




