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ラリータがベールと初めて会ったのは、アグルス学園に在学していた頃だ。


薬学教授として着任した彼は、だらしなく伸びたシルバーグレーの髪を無造作に垂らし、背中はいつも丸く、猫背のせいで本当の身長さえ分からない。

ひょろりとした体つきで、白衣の裾は少し擦り切れていて……。


正直、第一印象は「怪しい先生」そのものだった。


だが不思議と、ラリータの視線はいつも彼を追ってしまった。


もちろん、ケベック教授がこの国における薬学の頂点に立つ人物であることは、誰もが知っている。

その研究成果は、尊敬を集めてやまない。


けれど……

ラリータが惹かれたのは、肩書きでも業績でもなかった。


実験に失敗しても怒鳴らず、学生の突拍子もない仮説を、面白がるように聞き、「それは違う」と切り捨てる前に、必ず「どうしてそう思った?」と問い返す。


その人柄に、はっきり言って、ラリータは惚れていた。

それは、今思い出しても胸の奥がきゅっとする、甘酸っぱくて、少し恥ずかしい記憶だ。



あれは、忘れもしない、ある夜のことだった。


ラリータは実験がどうしても成功せず、悔しさに任せて、気づけば一人で研究室に残り続けていた。


ふと窓の外を見ると、空はすっかり闇に沈み、月は真上に昇っている。


(……しまった)


胸がひやりとする。


(大変、 寮母に叱られる!……って、もう「叱られる」で済む時間じゃないわよね……)


この時間に寮へ戻れば、確実に大目玉だ。

しかも、その話が父の耳にでも入ったら……考えただけで胃が痛くなる。


ラリータは、静まり返った実験室をぐるりと見回した。


机に並ぶ器具。

棚に整然と並べられた薬瓶。

そして、器具に掛けられていた、白い布。


(白い布……あれで、寝ればいいか……)


今さら外を歩いて目立つより、ここに泊まってしまった方が、よほど安全だ。

ラリータはそう判断し、白衣の裾を整えると、白い布を取りに向かった。


その選択が、ケベック教授との、忘れられない出来事につながるとも知らずに……。



『ボンッッ!!!』


白い布を体に巻き付け、机に突っ伏したままウトウトしていたラリータは、その爆発音にびくりと体を跳ねさせ、勢いよく顔を上げた。


「な、なにっ!?」


心臓が一拍、遅れて跳ねる。


次の瞬間。


『ボンッ!』『ボンッ!』


立て続けに、さらに二度。

天井が震え、振動とともに黒い煤が、はらはらと舞い落ちてくる。


「ば、爆発……?」


冗談ではない。

夜の学園で爆発など、洒落にならない。


ラリータは白い布を慌てて放り投げ、教室を飛び出した。

灯りの落ちた廊下は静まり返り、不安を煽るように、やけに長く感じられる。


(さっきの爆発……上の階よね……)


足音を殺しながら廊下を進み、階段に辿り着く。

手すりを掴み、一段一段、慎重に上っていくと……


聞こえてきた。


「だーーーーっ!! また失敗かっ!?」


怒鳴り声だった。


「何度やれば成功するんだよ!くっそー、俺には才能がないのか!?もうやめた方がいいのか!?」


ラリータは、思わず足を止めた。


(……え?)


その声には、はっきりと聞き覚えがあった。


(ケベック教授……?)


耳を疑う。


普段のケベック教授は、必要以上に言葉を発さない。

質問されれば答えるが、雑談はしない。

淡々としていて、感情の起伏などほとんど見せない人だ。


それなのに。


今、階段の上から聞こえてくる声は、怒り、焦り、苛立ち、自己否定まで混ざった、やけに人間味あふれるものだった。


(こ、こんな喋り方する人だったの……?)


ラリータは一瞬、引き返そうかと迷った。

だが、次の瞬間。


『ボンッ!!』


さらに大きな爆発音が響いた。


「きゃっ!」


今度は悲鳴を上げてしまい、慌てて口を押さえる。


(だ、だめ! これは本当に危ない!)


上の階の実験室の扉は、半開きになっている。

中からは、焦げた薬品の匂いと、もくもくと立ち上る白い煙。


恐る恐る覗き込むと……


そこには。


机に両手をつき、髪をぐしゃぐしゃに掻き乱しながら、

完全に一人で荒れているケベック教授の姿があった。


白衣は煤で汚れ、

実験台の上には、割れたフラスコと黒ずんだビーカー。

床にも、失敗の痕跡が散乱している。


「ああ……」


肩で息をしながら、教授は天を仰いだ。


「なんでだよ……理論は合ってるだろ……おかしいだろ……」


その姿は、学園で見る「薬学の権威」などではなく。

ただの、実験に行き詰まって八つ当たりしている研究者だった。


ラリータは、思わず口を開いていた。


「あ、あの……ケベック、教授……?」


びくっ、と。


まるで悪事を見られた子供のように、教授の肩が跳ねた。


「……っ!?」


勢いよく振り返ったその顔は、煤で汚れ、頭はいつもよりさらにぐしゃぐしゃで、完全に焦っている。


「な、なぜこんな時間に、生徒がここに!?」


「そ、それはこっちの台詞です!さっきから爆発音がすごくて……!」


一瞬の沈黙。


次の瞬間。


「……ああ、そうか、さしずめ、実験に夢中になって帰る機会を逃したのか?」


言い当てられて、ラリータはギクッと驚いた。

その表情をみたベールは納得顔で頷いた。

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