4
薬草そのものは、いくらでも買える。
だが、研究が高度になればなるほど、市場に出回らない特殊な薬草が必要になる。
土壌、気候、水、育てる者の癖。
ほんのわずかな違いで、薬効は大きく変わってしまう。
その『育てる』という工程に関してだけは、ベールには驚くほど、一ミリの才もなかった。
そこで、自分の研究のために薬草を育てる人間を雇おうと、あらゆる方面に当たった。
金も、地位も、条件も、十分すぎるほど提示した。
だが結果は芳しくない。
技術が足りない者。
癖が強すぎる者。
研究の内容を理解できない者。
どれも、決定打に欠けていた。
そんなある日のことだ。
学園の廊下を歩いていると、学生たちが噂話をしているのが、ふと耳に入った。
『ガゼット領に、薬草を育てる娘がいるらしい』
半ば世間話のような口ぶりで、証拠も、実績も、何一つ語られない。
正直、眉唾ものだ。
それでも。
これまで相当な数の人間に当たってきたが、すべて断られ失望に終わった。
「……もう、何でもいいか……」
そう思ったのも、事実だった。
ベールは、期待半分、諦め半分のまま、ガゼット領へと足を運ぶことを決めた。
次の休みの日、ベールはまず『薬草を育てている娘』について聞き込みをしようと、ガゼット領へと足を踏み入れた。
町に入って、そう時間はかからなかった。
この噂が、ただの与太話ではないことを、すぐに確信する。
ガゼット領の民は、驚くほど隠し立てをしなかった。
こちらが尋ねるより先に、向こうから話してくるほどで、むしろ、こちらが心配になるくらいに明け透けで素直な人々ばかりだった。
曰く、
その娘は、ガゼット領主の娘であること。
名を、ヘーゼル・ガゼットということ。
それ以上の情報も、特に秘密めいた様子はなく、皆が当たり前のように、ヘーゼル・ガゼットを誇らしげに語る。
ベールは、ヘーゼル・ガゼットとは正面から会うことはせず、しばらくの間こっそりと行動を観察してみることにした。
彼女は、領の民一人ひとりに対して、驚くほど丁寧に接していた。
老人にも、子どもにも、商人にも。
誰に対しても態度を変えず、言葉を選び、手を止めない。
その様子を見て、ベールは思う。
(この領の民になれば……)
もし、自分がこの土地で薬草を育てることになったとしても、彼女を中心に、この民たちは、自然と手を貸してくれるのではないか。
下心丸出しで、そう考えた時ベールの中で、このガゼット領は単なる噂の地ではなくなっていた。
早々にベールは、この土地に小さな家を買った。
本当にここへ移り住むつもりはない。
ヘーゼルと接する際に拠点があれば、それで十分だった。
だから、家は小さくて構わなかった。
家を購入してからしばらくの間、ベールは意識的に近隣の人々の前に顔を出した。
挨拶をし、会話を交わし、少しずつこの領の「住人」として受け入れられるよう努める。
焦る必要はない。
ある程度、自分の名前が浸透したと感じたところで、いよいよ、ヘーゼル・ガゼットを訪ねることにした。
ベールはヘーゼルが所有しているという薬草園へ、ふらりと足を向けた。
そこに広がっていた光景を一目見て、ベールは確信する。
(……本物だ)
豊かな土壌。
無理のない配置。
薬草一つ一つが、のびのびと青々と育っている。
一朝一夕で作れる薬草園ではない。
確かな知識と、丁寧な手入れがなければ、ここまでの状態にはならない。
その薬草園の一角で、一人の女性が作業をしていた。
きらきらと光る湖の水を汲み、丁寧に薬草へ水を与えている。
「こんにちは」
ベールは、警戒させないよう絶妙な距離を保ったまま、声をかけた。
「こんにちは」
女性は驚いた様子もなく、穏やかに返事をする。
「先日、ガゼット領に越してきました。ベール・ケベックと申します」
「あら、あの噂の?」
そう言って、彼女はにこにこと笑顔を向けた。




