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薬草そのものは、いくらでも買える。

だが、研究が高度になればなるほど、市場に出回らない特殊な薬草が必要になる。


土壌、気候、水、育てる者の癖。

ほんのわずかな違いで、薬効は大きく変わってしまう。


その『育てる』という工程に関してだけは、ベールには驚くほど、一ミリの才もなかった。

そこで、自分の研究のために薬草を育てる人間を雇おうと、あらゆる方面に当たった。


金も、地位も、条件も、十分すぎるほど提示した。

だが結果は芳しくない。


技術が足りない者。

癖が強すぎる者。

研究の内容を理解できない者。


どれも、決定打に欠けていた。


そんなある日のことだ。

学園の廊下を歩いていると、学生たちが噂話をしているのが、ふと耳に入った。


『ガゼット領に、薬草を育てる娘がいるらしい』


半ば世間話のような口ぶりで、証拠も、実績も、何一つ語られない。

正直、眉唾ものだ。


それでも。


これまで相当な数の人間に当たってきたが、すべて断られ失望に終わった。


「……もう、何でもいいか……」


そう思ったのも、事実だった。

ベールは、期待半分、諦め半分のまま、ガゼット領へと足を運ぶことを決めた。


次の休みの日、ベールはまず『薬草を育てている娘』について聞き込みをしようと、ガゼット領へと足を踏み入れた。


町に入って、そう時間はかからなかった。

この噂が、ただの与太話ではないことを、すぐに確信する。


ガゼット領の民は、驚くほど隠し立てをしなかった。

こちらが尋ねるより先に、向こうから話してくるほどで、むしろ、こちらが心配になるくらいに明け透けで素直な人々ばかりだった。


曰く、

その娘は、ガゼット領主の娘であること。

名を、ヘーゼル・ガゼットということ。


それ以上の情報も、特に秘密めいた様子はなく、皆が当たり前のように、ヘーゼル・ガゼットを誇らしげに語る。


ベールは、ヘーゼル・ガゼットとは正面から会うことはせず、しばらくの間こっそりと行動を観察してみることにした。


彼女は、領の民一人ひとりに対して、驚くほど丁寧に接していた。

老人にも、子どもにも、商人にも。

誰に対しても態度を変えず、言葉を選び、手を止めない。


その様子を見て、ベールは思う。


(この領の民になれば……)


もし、自分がこの土地で薬草を育てることになったとしても、彼女を中心に、この民たちは、自然と手を貸してくれるのではないか。


下心丸出しで、そう考えた時ベールの中で、このガゼット領は単なる噂の地ではなくなっていた。


早々にベールは、この土地に小さな家を買った。

本当にここへ移り住むつもりはない。


ヘーゼルと接する際に拠点があれば、それで十分だった。

だから、家は小さくて構わなかった。


家を購入してからしばらくの間、ベールは意識的に近隣の人々の前に顔を出した。

挨拶をし、会話を交わし、少しずつこの領の「住人」として受け入れられるよう努める。


焦る必要はない。


ある程度、自分の名前が浸透したと感じたところで、いよいよ、ヘーゼル・ガゼットを訪ねることにした。


ベールはヘーゼルが所有しているという薬草園へ、ふらりと足を向けた。

そこに広がっていた光景を一目見て、ベールは確信する。


(……本物だ)


豊かな土壌。

無理のない配置。

薬草一つ一つが、のびのびと青々と育っている。


一朝一夕で作れる薬草園ではない。

確かな知識と、丁寧な手入れがなければ、ここまでの状態にはならない。


その薬草園の一角で、一人の女性が作業をしていた。

きらきらと光る湖の水を汲み、丁寧に薬草へ水を与えている。


「こんにちは」


ベールは、警戒させないよう絶妙な距離を保ったまま、声をかけた。


「こんにちは」


女性は驚いた様子もなく、穏やかに返事をする。


「先日、ガゼット領に越してきました。ベール・ケベックと申します」


「あら、あの噂の?」


そう言って、彼女はにこにこと笑顔を向けた。

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