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「なあ、サキレス……」
王族席で椅子に深く腰掛けたまま、ザイルはホール中央を見つめていた。
視線の先では、いまだ人目も憚らず抱き合っている二人の姿がある。
「はい」
その背後に控えていたサキレスが、静かに応じる。
「……ベールは、あんなに情熱的な男だったか?」
どこか面白がるような声音だった。
「さて……」
サキレスは肩をすくめ、苦笑する。
「少なくとも、私や陛下の前では見せたことはありませんね……ですが、あれを見る限り……元々、ああだったのでしょう」
「なるほどな……」
ザイルは喉の奥で笑う。
「なかなかに、大惨事だ」
そう言いながら、今度はシュバリエの方へと目を向けた。
王太子は、笑顔を貼りつけたまま、明らかに居心地悪そうに立ち尽くしている。
「陛下が、あの二人をくっつけようとして、半ば面白半分で彼女を同行させた判断は正解でしたが……」
サキレスは淡々と続ける。
「少々、面倒なことにもなりましたね」
「まあ、いいじゃないか」
ザイルは気にも留めない様子で言う。
「あの王太子も、初恋というものは実るわけではない、と勉強になっただろう」
「……初恋が実る場合も、ありますけれどね」
サキレスの一言に、ザイルは「そうだったな」と思い出したように振り返る。
「ああ、お前は特別枠だ」
「……」
「さて、と」
ザイルは軽く立ち上がる。
「では、我が国の者が夜会をこんな騒ぎにしてしまったからな、アサイア王に謝罪でもしてくるとしようか」
「ええ。どうぞ、しっかり責任を取ってきてください」
サキレスは一歩横に退き、ザイルが歩きやすいように道を開ける。
ザイルは歩き出しながら、ふと、もう一度ホール中央を振り返った。
「……ベールが、ヘーゼルに振られた直後は、あいつもそれなりに落ち込んでいたが……」
抱き合う二人を眺め、穏やかに目を細める。
「いい縁が見つかって、良かったな」
「何を『いいことをした』みたいな顔で言っているんですか」
サキレスは容赦がない。
「薬学の権威であるベールと、辺境伯家の令嬢が結びつく意味が、どれほど我が国にとって大きいか……ベールが他国にいかないように足止めしましたよね?……私は、陛下の打算も承知していますよ」
「ははは……そう言うな」
ザイルは軽く笑う。
「確かに国益としても悪くないと判断はしたが……見てみろ、二人のあの顔を。あれは、計算だけでは出てこない表情だ」
「……ええ」
サキレスも視線を向ける。
「最近のベールは、彼女のこととなると、必死でしたからね……先ほどなんて、ラリータ嬢を走って迎えに来てましたしね……」
思い出したのか、サキレスは小さく息を漏らして笑う。
「ああ、シュバリエ殿下にどう断るかの相談中に、いきなり『すぐに結婚すればいい』と言いだした時は、どうしようかと思ったがな……」
ザイルも、肩を揺らして笑った。
「まあ、いずれにしても……」
ザイルは再び前を向く。
「二人が幸せになってくれるなら、それでいい」
「……そうですね」
一拍置いて、サキレスが続けた。
「ああ、それと……おそらく、この旅の間にラリータ嬢から辺境伯家についての上申があるかと。」
「……上申?」
「ええ。彼女も当分は幸せすぎて忘れているかもしれませんが……そろそろ、辺境伯も代替わりの時期でしょう」
「……ああ、その話か……辺境伯領には、今回、立ち寄って確信したしな」
ザイルは短く頷く。
「サキレスがすでに調べたようだし……それでいい」
ザイルを先頭に、なんだかんだサキレスも付き添い、二人はこの国の王の席へと歩み寄る。
「アサイア王……」
ザイルは穏やかな笑みを浮かべて頭を下げた。
「我が国の者が、せっかくの夜会にもかかわらずお騒がせしてしまったようで……誠に申し訳ない。だが、どうか責めないでやってほしい……」
ザイルはにこやかに、有無も言わさぬ口調で話し出した。
次回最終回です。




