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「これはなかなかの人数だな……」
ベールが向かったのは、一番重症者がいるという教会の上階の部屋だった。
そこには、苦しみうなされる人々が三十人を超えて横たわっている。
「ラリータ」
「はい」
「袋に入っている薬草を、全部持ってきてくれ」
ラリータは急いで、袋を差し出した。
「これで全部か?」
「はい……ここまでひどい状況だとは思わず……足りないですよね……」
「……」
ベールは袋の中を覗き込みながら、しばし考え込む。
「ここにいる者たちの症状は、だいたい同じか?」
この部屋で看護をしていた老齢の女性に問う。
「多少の違いはありますが……ほぼ同じです……」
看護の者は疲れ切った顔で、悲しそうにうつむいた。
「具体的な症状を教えてくれ」
「はい。高熱が続き、嘔吐と咳が同時に出ます……だいたい、十日もしないうちに亡くなってしまいます……」
「ふむ……高熱……嘔吐……咳……」
ベールは顎に手を当て、低くつぶやく。
「ラリータ、まず患者や看護の者に口に布を当てさせろ。飛沫に気をつけろ」
「はい」
ベールはもう一度焼きそうな入った袋に目を落とす。
「……まあ、この袋の中身で、何とかなりそうだ」
ベールは腕を捲り上げ、口元に布を当てる。
「ラリータ、薬を作るぞ」
「はい!」
ラリータは「この人たちをなんとしても助けよう!」と気合を入れ、教授のもとへと走った。
ベールはすぐさま部屋の中央に簡易の作業台を設けさせた。
「火を。弱く、だが途切れさせるな」
「はい!」
ラリータは教会に備え付けられていた古い炉に火を入れる。
鍋に水を張り、指示された薬草を一つずつ取り出していく。
「これは……解熱。これは呼吸を楽にする。こっちは胃を落ち着かせる」
ベールは迷いなく薬草を選別し、手早く刻んでいった。
「教授……この量で、三十人分も……」
「一人ずつ完治させる薬ではない」
その言葉に、ラリータは手を止める。
「まずは、峠を越えさせる。命をつなぐ薬だ」
淡々とした声だったが、その目は真剣だった。
鍋の中から、薬草の青い香りが立ち上る。
「いいか、ラリータ。インヘルン病は熱そのものが命を削る。まず熱を下げ、呼吸を保たせる。それができれば、次の手が打てる」
「……はい」
「重症者から順に飲ませる。吐く者には量を減らして飲ませろ」
「わかりました!」
ラリータは器を手に取り、震える手を必死に抑えながら、最初の患者のもとへ向かった。
苦しげに荒い息を吐く青年の唇に、薬を含ませる。
「辛いとは思いますが、薬です。飲んでください……」
お願い!……効いて……。
ラリータは必死に祈りながら、次から次へと全員に薬を飲ませていく。
しばらくして。
「……っ」
青年の眉間の皺が、わずかに緩んだ。
「教授……!」
「慌てるな。まだ始まったばかりだ」
だがその声には、確かな手応えが滲んでいた。
教会の静まり返った部屋で、二人の薬師の夜がこうして始まった。
「違うっ! そこはもっと細かくだ!」
ベールの怒声が飛ぶ。
だが先ほどまでとは違い、それは人の命を預かった者の、切迫した叱責だった。
恐怖はない。
むしろ、その一声で気が引き締まる。
「すみません……もう一度……」
額から汗が流れ落ちる。
炉の前に立ち続けて、どれほどの時間が経ったのだろう。
朝になったことは、差し込む光の色でわかったが、今が何時なのかはもうわからない。
あれからずっと、手を動かし続けて薬を作っている。
重症者は想像以上に多かった。
とりわけ容体の悪い者は、風前の灯のような状態で、迷っている時間はなかった。
ラリータの腕は痺れ、指先の感覚が薄れている。
疲労で動きも次第に鈍くなってきていた。
教授も同じだ。
休むことなく、黙々と薬を作り続けている。
だが、その様子は最初からほとんど変わらないように見えた。
「……ラリータ。いったん休め。俺が代わる」
「いいえ!」
即座に、強い声を返す。
「今やらなくては……最後まで、やらせてください!」
「意気込みは買うが……そろそろ、お前の手も体力も限界だ。一度休んだ方が……」
ベールはラリータの震えている指先を眺めた。
「嫌です! 教授も休まれていないのに、私だけなんて……まだ、できます」
必死に食らいつくラリータを見て、ベールは小さく息を吐いた。
「……わかった。では、二人で少しだけ休もう」
「教授…………で、では……教授の布団があります!」
「俺の布団?……」
訝しげに眉間に皺を寄せるベール。
「はい。持ってきているので、少し待っててください!」
そう言うと、ラリータは一番大きな袋のもとへ走った。
「お待たせしました!ここに急いで来たので、掛け布団しか持ってこれなかったのですが……どうぞ!」
どこから持ち出したのかはわからないが、袋から引っ張り出されたのは、高級そうなふわりとした掛け布団だった。
ベールはそれを見て困惑する。
(いつから持ち歩いているのだ?こんな高級な布団は村長の家では手に入らないはず……。まさか城から持ってきたのか?……)
ラリータの顔を見ると、布団を掲げてとても嬉しそうにしている。
「……まあ、いいか…………わかった。では、ラリータもこちらへ」
ベールは廊下の隅の壁際に腰を下ろし、その横を軽く叩く。
ラリータは不思議そうにしながらも、膝を抱えて隣に座る。
教授は自ら布団をかけ、二人を包むように整えた。
肩と肩が、自然に触れ合う。
ベールはラリータの肩が布団から出ていないか確認して、ゆっくり息をつく。
「よし、では、寝ろ」
そう言うが早いか、ベールはあっという間に規則正しい寝息を立て始めた。
「……早っ……」
ラリータは小さく呟き、動けなくなったまま天井を見上げる。
(……教授、無防備すぎでは……私の目論見通り、布団に二人で入ったけど……なんか少し思っていたのとは違う……)
視線を横のベールに向ける。
そのベールの髪で目元が見えない横顔を見て、ラリータは文句は飲み込み、クスリと笑った。
(……本当に、ずっと休んでなかったんだもの……本当は教授と一緒の布団に入っているのだから、興奮して寝れないはずだけど……)
ラリータはそっと息を整え、布団の中で目を閉じすぐに寝息を立てはじめた。




