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北の領の村に到着すると、ベールはラリータを伴い、まず村長の家へと向かった。


「これはこれは、薬師様。わざわざお越しいただき、ありがとうございます。お食事をしながら、今の村の状況をご説明いたしますので、どうぞ家の中へお入りください」


疲れた顔ながらも穏やかに迎え入れてくれた村長は、そう言って二人を家へ招いた。


「村長。食事の前に、彼女に風呂を貸していただけないだろうか」


「え、教授、私はこのままで……」


ラリータが慌てて口を挟むが、ベールは目線だけで制した。


「ええ、もちろんです。先ほど山賊に襲われたと伺いました。お嬢さんも、さぞ怖い思いをされたでしょう。すぐに用意させますので、少々お待ちください」


村長はそう言うと、周囲の者に指示を出しすぐに風呂の準備を始めさせた。


「……お前から、まだ血の匂いがする。きちんと流してこい」


ベールは、村長や周囲の人々に聞こえないよう、ラリータの耳元で低く囁いた。

突然、教授の顔が近づき、ラリータの頬が一気に熱くなる。

しかしその言葉を聞いた途端、全身冷水を浴びたように一気に冷めた。


(そ、それは……私が臭いってこと!?たいへん、早くお風呂に入らないと!)


そう思い、逃げるように数歩後ずさった。


用意された風呂は決して立派なものではなかったが、温かい湯が身体の芯まで染み渡る。


「はあ……道中、いろいろあったけど……」


湯に肩まで浸かりながら、ラリータは小さく息を吐いた。


「教授のご機嫌も、少しは直ってきたみたいだし……よかった、のかしら……」


あのあと、教授は不甲斐ない騎士たちを集め、厳しく叱咤していた。

騎士に怒りをぶつけたあとで、ラリータが戦ったことは決して口外するなと、強く言い含めていた。


それでも。


騎士たちがラリータに向ける視線の中には、確かに尊敬の色が隠しきれずに滲んでいた。


湯から上がり、髪を簡単に拭きながら、ラリータはふと手を止める。


(……私は、また怒られるのかと思っていたのに)


教授は怒っていた。

だがそれは、突き放すような怒りではなかった。


むしろ、守ろうとする側のそれだった。


着替えを終えて部屋を出ると廊下の向こうで、ベールが一人、村の古い地図を広げている姿が見えた。

その背中は、先ほどまでよりも、少しだけ静かだった。


「……教授」


声をかけると、ベールは顔を上げる。


「……ああ。出たのか」


「はい。ありがとうございました」


「では、食事に行こう」


ベールの言葉にうなずき、ラリータは後に続いた。


村長の家の広間には、簡素ながらも温かみのある料理が並べられていた。

鶏の煮込みと黒パン、干し肉に野菜、どれも質素だが、もてなしの気持ちが伝わってくる。


「改めまして……本当にありがとうございます、薬師様」


村長が深く頭を下げる。


「インヘルン病が広がり始めてからというもの、村には不安が渦巻いておりまして……」


ベールは黙って頷き、ラリータも姿勢を正して話を聞いた。


「症状の軽い者は各家庭で看ておりますが……高熱が続く者や、意識が朦朧としている者は、村の外れにある教会へ集めています」


「教会に……?」


ラリータが思わず聞き返す。


「はい。人手も薬も足りず、村の中心に置いておくわけにもいかず……」


村長の声が、少しだけ震えた。


「中には、三日以上熱が下がらず、峠を越えられるかどうか……そういう者もおります」


その言葉に、食卓の空気が一瞬で張り詰めた。

ベールは、手にしていた器を静かに置く。


「……重症者がいるのだな」


「はい。正直に申し上げますと……すでに、二十四人の死者と……今夜を越えられるか、わからない者も……」


ベールは一瞬、目を伏せたあと、はっきりと言った。


「食事はここまでにしよう。すぐに教会へ案内してほしい」


「え……今から、ですか?」


「朝まで、待てない。薬の準備は道中で考える」


ベールは立ち上がり、ラリータを見る。


「行けるか」


「はい。もちろんです」


迷いのない返事だった。

村長も慌てて立ち上がる。


「すぐに案内いたします。ですが……夜道ですし……」


「問題ない」


そう言い切ったベールの声には、迷いがなかった。


こうして食事は途中で切り上げられ二人は村人に案内されて、夜の冷たい空気の中、外れの教会へと向かうことになる。


ラリータは胸の奥で、静かに気を引き締めた。

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