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ラリータは幼い頃から、父や母と過ごす時間よりも、辺境伯領の騎士団の騎士たちと共にいることのほうが多かった。
小さな頃から兄と並んで鍛錬に参加し、剣と汗と土の匂いの中で育ってきたのだ。
体格に合わない長剣よりも、ラリータは短剣を得意とした。
身を守る手段として、騎士団の団員たちは基礎的な技術を一つずつ、丁寧に教えてくれた。
そこで、ラリータは短剣の才能を開花させていく。
その才を見抜いた騎士団の面々は、本人の強い希望もあり、何度か討伐に密かに参加させた。
ラリータはそのたびに確かな戦果を挙げ、やがて短剣一本で五人ほどの相手ならば、難なく倒せるまでに成長した。
だが……
ラリータが学園に通うようになると、兄は「戦うことは、もうラリータのためにならない」と判断し、今後一切、騎士団の訓練に参加することを禁じた。
それから、ずっと短剣を握ることは、ほぼなくなったのだが先ほどは「どうしても教授を助けたいと思い」と勝手に体が動いた。
でも、それで教授が怒った……
ラリータはそんなことを考えて、「なにが正解だったのだろう」と悶々と考えながら着替えを素早く終わらせた。
馬車の外から、再び人が近づいてくる気配がした。
ラリータは、血のついたドレスの袖を握りしめたまま、背筋を伸ばし緊張の面持ちで座っている。
「……着替えは終わったか」
ベールから声がかかる。
「は、はい……」
馬車の扉が開き、ベールが馬車に乗り込む。
ラリータは用意していた替えのドレスに着替え、髪も簡単にまとめているが、返り血の匂いは完全には消えていない。
ベールは一瞬だけラリータを見て、すぐに視線を逸らした。
「……怪我はないな」
「ありません。かすり傷も……」
「そうか」
短く言って、ベールは腰を下ろす。
沈黙が落ちる。
ラリータは意を決して口を開いた。
「……教授。私の判断が間違っていたようで……怒らせてしまって……申し訳ございませんでした……」
ベールの肩が、わずかに揺れた。
「……怒っているんじゃない」
低い声が返る。
「……あれを見たとき、俺は……」
言葉が、そこで途切れる。
「お前が、あんなふうに斬り込んでいくのを見て……止められない自分が、一番腹が立った」
ラリータは息を呑んだ。
「俺は学者だ。今この場に剣もない。お前を面倒見ると決めて連れてきたのに、結果的に守られた」
自嘲するように、口元が歪む。
「……それが、許せなかっただけだ……」
ラリータは、そっと両手を握りしめる。
「……教授を守れたのなら、私は……」
「違う」
被せるように、ベールが言った。
「守られた事実が問題なんじゃない。……失うかもしれないと思ったことが、問題なんだ」
はっきりとした声だった。
ラリータの胸が、強く脈打つ。
「お前が傷つく可能性を考えた瞬間、自分に腹が立った……」
少し間を置いて、ベールは視線を向ける。
「今後は、俺の判断に従え。それだけは約束してくれ」
静かな命令だった。
「……はい」
小さく答えながらも、ラリータの胸には、今まで感じたことのない熱が残っていた。
馬車が再び動き出した。
二人の間には、言葉にされない何かが、確かに生まれていた。




