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(教授を守らなきゃ!)


咄嗟にドレスの裾をつかみ上げ、太ももに隠していた短剣を抜く。

右手に冷たい感触が伝わると同時に、ラリータは迷いなくベールの前に立った。


「ラリータ!?」


ベールが反射的に手を伸ばし、彼女を庇おうとする。

だが、ラリータはその手を即座に払いのけ、逆にベールを床へと押し倒した。


「教授。私は辺境伯の娘です。剣の心得はあります……このまま、床に伏していてください!」


その声は低く、はっきりとしていた。


ベールは、外の異変で完全に覚醒していた。

騎士の叫びに反応し、ラリータを守ろうとした……はずだった。


気づけば、自分は床に転がされている。


目の前の光景に、思わず息を呑んだ。


ラリータの雰囲気が、いつもとまるで違う。

瞳は鋭く、迷いがない。

いつの間にか手にしていた短剣が、鈍く光を反射している。


そして、自分を床に押し倒したあの動き。

無駄がなく、隙がなく、倒された瞬間すら認識できなかった。


「ラリータ……」


「いまは、喋らないでください」


低く抑えた声が、小さく返ってくる。

視線は一度も馬車の扉から離れない。


(……確かに、今の俺は何もできんな)


剣は手元にない。

この狭い馬車の中では、下手に動けば足手まといになるだけだ。


(だが……このまま、守られているだけというのも……)


そう考えた瞬間。


バンッ!


荒々しく扉が開いた。


外では騎士たちが必死に抗戦しているが、どうやら山賊の数が多いらしい。

馬車の中に、下卑た太い声が流れ込んでくる。


「女がいるぞ!」


汚れた服の大柄な男が、身を屈めて馬車に踏み込んできた。

それを見たラリータは一切の迷いなく体を前に投げ出し、短剣を振り下ろした。


「ギャアッ!」


刃が男の顔を裂き悲鳴を上げる。

男が反射的に顔を押さえ、一瞬の隙ができる。

ラリータは躊躇なく踏み込み、喉元へ短剣を叩き込んだ。

すぐさま血飛沫が上がる前に、男の身体を蹴り飛ばし、馬車の外へと放り出す。


続けざまに、馬車へ近づこうとする別の山賊へ向き直る。

流れるような足運び。

無駄のない腕の動き。


その動きは、まるで舞うようだった。

優雅で、滑らかで、そして鋭い。

ベールは、ただ呆然とその背中を見つめていた。


(……強い。それも、実戦の動きだ……)


目が、どうしてもラリータから離れなかった。


返り血を浴び、顔も腕も、ドレスまでもが真っ赤に染まっているラリータ。

それでも、その瞳は生き生きとした緑の光を失っていない。

踊るように揺れる燃えるような赤い髪は、戦場の埃と血の匂いの中で、なお鮮烈に目を奪った。

死と混乱が渦巻くこの場所で、彼女だけが異質なほどに輝いて見える


ラリータ・オーレアン。


なんと、美しい女性なのだろう。


胸の奥から自然と湧き上がるその感情は、ベールの中に静かな熱を残した。

思わず、もっとよく見ようと身を乗り出してしまう。


ラリータは馬車から、ひらりと地面へ降り立った。

そして、目の前で苦戦している騎士のもとへ一気に駆け寄る。


背後から山賊の頭を掴み、首を捻る。


ごきっ、と鈍い音が響いた。

首の骨が折れたのだろう。

大柄な男の身体が、糸を切られた人形のように後ろへ倒れ込む。

戦っていた騎士は、剣を構えたまま唖然と立ち尽くし、ラリータを見つめていた。


そのまま奥へと駆けていく赤い背中を追うように、ベールも馬車を降りる。


騎士三人が、山賊五人を相手に苦戦していた。

そこへ、ドレスを翻し、ひらりと飛び込んでいくラリータ。


この戦場において、彼女は明らかに場違いな異物だった。

だが、その戦い方を見れば、護衛の騎士たちよりもはるかに強い。


短剣一本で、すでに数人を容易く屠っている。


(……ここにいる連中が、最後ね……)


抗戦の只中へ身を滑り込ませ、まず、ナイフを振り翳していた山賊の腹へ、低い体勢から短剣を突き立てる。


不意を突かれた動きに、周囲の山賊も騎士も、一瞬だけ硬直した。

もちろんラリータはその隙を逃さない。


ベールの目では追えないほどの速さで、近くの騎士から剣を奪い取ると、振り向きざまに山賊の胸を正確に貫いた。


胸を突いた山賊が倒れる間もなく、腹を刺され悲鳴を上げる山賊の首を切り落とす。

さらに迷いなく、その隣の男も薙ぎ払う。


あまりの光景に、護衛騎士たちは呆然と立ち尽くしていた。


「何を呆けている!山賊を討て!」


その場に、ベールの怒号が飛ぶ。


はっと我に返った騎士たちは、隙だらけになっている残党へと一斉に斬りかかった。


戦いが収束しつつある中、ラリータは敵が残っていないか周囲を見回す。

そして……馬車のそばに立つベールの姿を見つけると、慌てて駆け寄ってきた。


「教授!まだ危険です、早く馬車に戻ってください!」


「戻るのは君もだ!一緒に来い!」


ベールに怒鳴られたのは、初めてだった。

余計なことをしてしまったのだと悟り、胸がずしりと重くなったその瞬間、


ラリータは、突然ふわりと視界が浮いた。


「……え?」


気づけば、ベールに抱え上げられていた。


「き、教授!?」


ラリータは、完全に混乱していた。


「……」


ベールは何も言わないまま、ずんずんと歩き、ラリータを抱え上げたまま馬車に乗り込む。


「……どういうつもりだ……」


「……え……どう?……と言われましても……」


「なぜ、あんなことをした?」


「ええと……教授を守るため、ですか……?」


ラリータには、ベールがなぜここまで怒っているのか、さっぱりわからなかった。


(教授は……どうして、こんなに怒っているのかしら……?)


ベールの視線は、ラリータの顔ではなく、血に染まったドレスのほうへ向けられているようだった。


「あ……す、すみません! 私、血だらけで……」


慌てて馬車の外へ出ようと立ち上がる。


「……違う。座っていろ」


「え……でも……」


刺すような視線に射抜かれ、ラリータは戸惑いながらも、椅子にちょこんと腰を下ろした。


「お前は、なぜこの国に連れてこられたか……言ってみろ」


「もちろん、教授の助手です」


それだけは、迷いなく答えられる。


「そうだな。お前は俺の助手であって、護衛じゃない……そうだろ?」


「……それは……はい……」


「なのに、なぜあんな危険な場所へ飛び出した?」


「え、ええと……」


言っていいのか、逡巡しながらちらりとベールを見る。

彼はまだ、鋭い目でこちらを見据えていた。


(……きちんと言わないと、だめみたい……)


ラリータは大きく息を吸い込み、さらに怒られることを覚悟して口を開いた。


「……外で戦っている騎士を見ました……。あの人数の山賊相手では、押し切られると判断しました……。教授を守るには、騎士が交戦している間に合流して、早く始末するほうがいいと……」


ベールは、ふっと息を吐いた。


「……そうか」


一拍置いて、低い声が続く。


「まさかラリータが、あそこまで戦えるとは思わなかった。俺の判断ミスだ……。だが、それでもだ」


視線を真っ直ぐ向ける。


「今後、俺を護衛することも、戦いに身を投じることも禁止する」


「……教授……でも……」


「この件についての話は終わりだ」


きっぱりと言い切る。


「とりあえず、俺は一度馬車を降りる。着替えろ」


「教授……」


ベールはそれ以上何も言わず、無言のまま馬車を降りていった。


「……教授を、怒らせてしまったわ……」


ラリータは、悲しみと共に、はぁ……と長いため息をついた。

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