24
その夜、ベールはザイルの執務室にいた。
灯された魔導灯の淡い光の中、重厚な机に向かって話を聞いていたザイルは、ゆっくりと顎に手を当てる。
「……そうか。シュバリエ殿下が、そんなことを……」
重々しく頷きながら、ザイルは低く息を吐いた。
「ええ。本人は、かなり嫌がっています」
「それは困ったな……」
苦笑を浮かべ、ザイルは肩をすくめる。
「人の恋路を邪魔するのも本意ではないが……ラリータ嬢は、本当に嫌がっているのだな?」
「はい。自分の行いで、私たちに迷惑を掛けたくないようで……」
ベールの静かな返答に、ザイルは小さく息を吐いた。
「確かに、ラリータ嬢はアイゼン帝国の辺境伯令嬢だ。シュバリエ殿下が結婚相手を探すとなれば、立場としては、ちょうど良い相手ではあるな……」
それは、あまりにも政治的な視点だった。
「……ですが、ラリータは嫌がっています。陛下から、きっぱりと断っていただけませんか?」
一瞬、沈黙が落ちる。
「……それは、まあ……嫌だろうな……」
ザイルはそう呟き、言葉を濁したまま視線を横へ流した。
「だって彼女は……」
そこで言葉を切り、ちらりとベールを見る。
(……ラリータ嬢は、どう見てもベールのことが好きだろう)
内心で、盛大なため息をつく。
(あれだけ分かりやすい態度なのに、こいつは本当に気づいていないのか?せっかく、ベールのために連れてきてやったというのに……)
遠征の間、近くに置けば、少しは察しが良くなるかと思ったが。
(……まさか、この遠征中に、ラリータ嬢の気持ちに気づかないまま終わるなんてことは、ないよな?)
ザイルの視線に滲む呆れと心配を、ベールはまったく理解していない。
「ああ……まあ、そうだな……」
ザイルは、仕方がなさそうに頷いた。
「ラリータ嬢が困っているのなら……隣国の王太子の申し出を、彼女自身が断るのは難しいだろう。私から、シュバリエ殿下に伝えておこう」
「ええ、よろしくお願いします」
深く頭を下げるベールを見ながら、ザイルは再び心の中で呟いた。
(……頼むから、自ら気づいてくれよ)
ザイルはラリータの為にも、我が国のためにも。と、心からそう願ってしまう。
ベールはいまでこそ伯爵だが、国にはなくてはならない人物だ。
よその国のご令嬢とくっつくより、自国のご令嬢とくっついてくれる方が国にとってもありがたい。
しかも、国境沿いの重要な要となる辺境伯令嬢とならば、これ以上ない縁だろう。
「ああ、ベール。ちょっと待て」
呼び止められ、ベールは足を止めた。
「……?なにか?」
頭を上げた、その顔にザイルはどこか意味ありげな笑みを浮かべる。
「北の領地でインヘルン病が流行っているそうだ。少し、見に行ってきてくれないか?ラリータ嬢と一緒に」
「インヘルン?あの、高熱が何日も続くやつですか……」
「ああ。どうやら薬師がいない領地らしくてな。薬の運搬も思うようにいっていないそうだ。お前とラリータ嬢なら、現地で薬を調合できるだろう?少し手を貸してやってほしい」
殿下の言葉に、ベールは露骨に嫌そうな顔をした。
「なに、たかだか二日ほどの遠征だ。それにラリータ嬢も、その間だけはシュバリエ殿下から離れられるだろう。そのあいだに、こちらで何とかしておく」
ザイルにそう言われて、ベールは少し考える…
インヘルン病は、いわば風邪を悪化させたような伝染病だ。薬がないと確かに死者を出す病だが、別に自分が出向くほどの案件でもない。
正直、面倒だ。
だが、ラリータの悩みが少しでも軽くなるのなら。
ベールに残された選択肢は、最初から一つしかなかった。
「……わかりました」
そう答えながら、ベールは小さく、諦めのため息をついた。




