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(なに?)


フォークを持つ手が一瞬止まる。


(せっかくの……せっかくの教授との食事中に、邪魔をするなんて!!)


ラリータは心の中で、思い切り恨み節を吐き出した。


一方で、ベールはその声の主を見て、ぱっと表情を明るくする。


「おお、キーンではないか!久しぶりだな!」


振り返った教授は、相手の顔を認めるなり、驚くほど柔らかな表情を浮かべた。

普段は仏頂面か無表情ばかりの教授が、はっきりと嬉しそうなのだから、ラリータは内心ぎょっとする。


「もしかしたら、今日あたり来ているんじゃないかと思っていたが……やはりいたな!」


声を掛けてきた男性、キーンと呼ばれたその人物も、満面の笑みだ。

年は教授と同じくらいだろうか。(そもそも教授がいくつかもわからないが……)身なりは整っているが、どこか研究者特有の気さくさが滲んでいる。


「キーン、お前の発表した論文を読んだぞ。実に革新的だった」


「ははは、ベールにそう言ってもらえるのが一番うれしいな!」


照れたように頭をかきながら、キーンはふとラリータに視線を向けた。


「……っと、そちらのお嬢さんは?もしかして……ベールの婚約者か?」


その瞬間、ラリータはぽかんと二人を見つめ、次の瞬間には、目をきらきらと輝かせていた。


(この方、いい人確定だわ!しかも、私が婚約者に見えるなんて……!私、そんなふうに見えるのかしら!?)


だが、その喜びは、教授の次の一言であっさり打ち砕かれる。


「ああ、いや……期間限定の俺の助手だ」


一気に、気分が奈落へ落ちた。


(まあ、そうなんですけど……)


「……助手?あれ?……助手といえば、いつもの……ええと……ガゼット助教授はどうしたんだ?」


「ああ、ヘーゼルは結婚してな。今までのようには、なかなかいかなくなって……今日は来ていない」


「そうか……それは……残念だったな……」


キーンは心底、惜しむような表情でそう言い、教授の肩を軽く労わるように叩いた。

その仕草ひとつで、この人物が、教授とヘーゼル助教授のことを昔から知っているのだと、嫌でも伝わってくる。


(……残念って……やっぱり……)


胸の奥が、少しだけ、ちくりと痛んだ。


「キーン!」


今度は、さらに後方から、よく通る若い男性の声が響いた。


見るとそこには若々しく、凛とした佇まいの青年が立っている。

整った顔立ちに、自然と人の視線を集める気品。

ただ者ではない。


「ああ、王太子殿下」


キーンがそう呼んだ瞬間、この場で一番、文字通り『びくり』と跳ねたのは、ラリータだった。


「やあ、ご令嬢、私も話に入れてくれるかい?」


驚くことに王太子殿下は、ラリータに声をかけてきたので、ラリータは慌てて背筋を正し、即座にカーテシーをする。


「王太子殿下にご挨拶申し上げます。アイゼン帝国、オーレアン辺境伯の娘、ラリータでございます」


心臓が早鐘を打つ中、声だけは、なんとか震えずに絞り出した。


「アサイア国のシュバリエ・アサイアだ。先ほどから、目立つ女性が珍しく料理台の近くにいるな、と見ていたのだが……辺境伯のご令嬢か……」


そう名乗りながら、王太子シュバリエは、ラリータを上から下まで一瞥し、くすりと笑った。

夜会の場にそぐわぬほど無遠慮な視線だ。


どうやら、ラリータの珍しい髪色や瞳の色合いに興味を持たれてしまったらしい。


「ベールの連れか……」


今度は、明らかに愉快そうに、声を含ませて笑う。


(……なんだか、失礼な王太子ね!……でも、教授のことを知っている?……)


胸の奥で、ぴしりと小さな棘が立つ。

第一印象というものは大切だと、ラリータは改めて思った。


「王太子殿下、ご無沙汰しております」


至極自然に、ラリータと王太子の間に入ったベールは昔から王太子を知っているようで、特に王太子のその態度を気にした様子もなく淡々と頭を下げる。


「ああ。ベール、久しいな。お前はなかなかこちらに顔を出さないからな。前に会ったのは……三年前だったか?」


「もう、そんなに経ちますか……」


淡々とした応答に対し、王太子はどこか懐かしむように目を細めた。

そして、ふいに視線がラリータへ戻る。


「で……ラリータ嬢、だったな。君は、ベールの婚約者か?」


(……くっ……またそれ……!この国の人は、無自覚に私を喜ばせて来るわね!)


しかし、『婚約者』という言葉に、胸が一瞬、ふわりと浮く。


嬉しい…………が、それ以上に、なぜだろう?腹が立つ。


笑みを崩さない王太子を、ラリータは内心じろりと睨みつけた。


「いいえ」


答えたのは、ベールだった。


「ラリータ嬢は、私の助手として同行しております」


「ほう……助手か」


王太子は、わざとらしく感心したように頷き、再びラリータを眺める。


「ずいぶんと綺麗な助手だな」


(綺麗と言ってくれたことは嬉しいけど……余計なお世話だわ……)


唇の端まで出かかった言葉を、必死に飲み込む。

まあ、もちろん、夜会の場で王太子相手にそんなことを言えるはずもない。


「ラリータ嬢、よかったら一曲踊らないか?」


突然、王太子がそんなことを言い出した。

ラリータは愕然とするしかなかった。


(これは、ないわ……)


いまこの時、ラリータの中で「この王太子はこの場にいらない」という評価が、静かに、しかし確実に固まっていった。

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