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夜会は、アサイア国の城内にある大広間で行われた。
アイゼン帝国の皇帝を一目見ようと、アサイア国中の貴族が集まったのではないかと思うほどの熱気だ。
それほどまでに、会場は盛況だった。
未婚のザイル陛下は、アイゼン帝国では言うまでもなく『人気物件』である。
そして、それはここアサイア国でも同様らしい。
アサイア国には、まだ十代後半の若い王太子と、第一王女、第二王女がいる。
第一王女は、すでに婚約が決まっていると聞く。
となれば……。
(……狙っているのは、第二王女様よね)
ラリータは、少し距離を取った場所から、陛下の席を確認した。
陛下や王族は、広間を見下ろす上階のテラス席に並んでいる。
その中で、ほどよい距離を保ちつつ、陛下のすぐ近くに陣取っているのは、第二王女と思しき姫君だった。
その隣に座る第一王女は、陛下へ視線を向けることもなく、落ち着いた様子で周囲と談笑している。
まるで、最初から『その役目ではない』と理解しているかのように。
一方、第二王女は違った。
身を乗り出すようにして陛下へ話しかけ、笑顔を惜しみなく向けている。
(……うん、ほぼ間違いないわ。陛下も大変ね……)
会場を見渡せば、陛下だけではない。
アイゼン帝国から同行した文官や騎士たちも、あちこちで女性たちに囲まれている。
華やかなドレスの波の中に、黒や紺の制服が点在している光景は、なかなか壮観だった。
(よかった……教授と一緒に参加させてもらえて……)
もし教授が一人でこの場に来ていたら、今ごろ何人もの女性に取り囲まれていたに違いない。
そう思うと、ラリータは胸の奥に溜まった息を、そっと吐き出した。
(……やっぱり、私の判断は間違っていなかったわ)
女性に囲まれ、無自覚なまま好意を向けられている教授の姿を想像するだけで、胸の内がじりじりと焼けるように落ち着かなくなる。
考えないようにしても、勝手に浮かんできてしまうのだから、たちが悪い。
そんなふうに一人で胸を撫で下ろしていると、隣で教授が、ぼそりと呟いた。
「よし……食べ物を食べたら、帰るぞ」
「……え?」
思わず、聞き返してしまう。
「この人ごみと熱気が、どうにも気持ち悪い……食事を済ませたら俺は部屋に戻る。ラリータ、お前は自由にするといい」
(え……? 今、『食事したら帰る』って……?)
「……教授、すぐにお戻りになるのですか?」
「ああ。自分の部屋にいる方が、ここにいるよりはるかにいい。実験も途中だからな」
淡々と言われ、ラリータは一瞬、言葉に詰まった。
「……そう、ですか……」
「ラリータは、好きなだけここにいればいい」
「……いえ。教授が戻られるなら、私も戻ります」
「……そうか。一人では心細いか?」
「……そう、ですね。初めての他国での夜会ですし……」
本当は、教授がいなければ、ここにいる意味がない。
だが、さすがにそれを正直に言う勇気はなく、ラリータは曖昧に言葉を濁した。
「わかった。では、食事を取りに行こう」
二人が向かったのは、広間の隅に設えられた長いテーブルだった。
ずらりと並ぶ料理は、どれも香り高く、彩りも豊かで、思わず目を奪われる。
好きなものを自由に取る形式らしく、皿を手にした者たちが、静かに行き交っている。
周囲には数人の男性の姿が見えるが、夜会で淑女が食事をするのは、あまり品が良いとはされていない。
そのため、料理台の周辺に女性の姿はなかった。
しかしラリータは、そんなややこしい事情などまるで気にしていなかった。
教授と二人で食事をとっている。
その事実だけで、すでに奇跡のような時間なのだ。
(教授と……食事……!)
胸の奥がふわふわと落ち着かず、頬が自然と緩む。
ベールと、たわいもない言葉を交わしながら、ラリータは幸せそうに料理を口へ運んでいた。
味など、正直よく分かっていない。教授と食べられればなんでもいい。
それでも不思議と、すべてが美味しく感じられる。
と、そのとき。
「ベールじゃないか!」
不意に、背後から張りのある男の声が飛んできた。




