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歓待の夜会まで、まだ少し時間がある。

荷物を改めて漁ると、数冊の本が見つかった。


父の手によって本の箱はドレスの箱に変えられてしまったが、どうしても手放せない本だけは別の箱に入れておいたのだ。

それが功を奏した。


(教授の本……)


ラリータは、バイブルのように読み込んできた、ベールが著した本の表紙をそっと撫でた。


ー 可視化する毒 ー


学園に入る前から持っている一冊で、今ではラリータの宝物だ。


昔、辺境伯領を訪れていた商人が個人的に所持していた本で、タイトルを見た瞬間、強烈に惹きつけられた。


毒を『可視化』するとは、どういう意味なのか。

少しだけ、と頁を開かせてもらったその瞬間から、夢中になった。


商人が滞在している間、毎日のように城を抜け出して読み続けに行った結果、彼が「売ってもいい」と言い出すまで、そう時間はかからなかった。


お小遣い六回分という高価な本だったが、迷いはなかった。

持っていたお金をすべて差し出し購入した、人生で初めて自分で選び、手に入れた本だ。


何度も読み返したせいで、丁寧に扱ってはいても、角や背には擦れが目立つ。

それでも愛おしく、ラリータは頁を開き、自然と文字を追い始めた。


「ラリータ、いるか?」


「え!?教授?」


ノックではなく、扉越しに響く大声。

思わず頬が緩む。


(ノックではなく直接の呼びかけ……教授らしい……)


ラリータは、ふふふと小さく笑いながら扉を開けた。


「……綺麗に飾り付けられたな」


教授……ベールの第一声は、それだった。

視線は一瞬だけラリータをなぞり、すぐに興味なさそうに逸れる。

そのくせ、口元だけが、ほんのわずかに緩んでいる。


「……綺麗、ですか?」


思わず確認するように問い返してしまう。


「ああ。綺麗だろう?違うのか?」


評価基準がどこにあるのか分からない、淡々とした声。

本来なら頬が熱くなりそうな言葉なのに、教授が言うと、照れる隙間すら与えてくれない。


(……これって、もう少し、照れる場面では……ないのかしら?)


「ありがとうございます……?……」


自分でも疑問符がついてしまう礼を口にすると、ベールは気にした様子もなく頷いた。


「準備ができているなら、行くぞ」


そう言って、当然のように腕を差し出してくる。


「……?」


ラリータは、差し出された腕と教授の顔を不思議そうに交互に見比べた。


「お前は、エスコートも知らないのか?」


呆れたように、わずかに眉が動く。


「……エスコート?」


「ほら、腕に手を掛けろ」


命令口調ではないが、有無を言わせない口振りだ。


(ええ?……)


ラリータは唖然とその差し出された腕を凝視する。

エスコートくらい、夜会に出れば嫌というほど経験してきた。


けれど……


(まさか、教授から、こんな自然に……)


教授に腕を差し出されるという状況が、頭の処理を一瞬止めただけだ。


(教授がエスコート……?)


ラリータは内心ではとんでもなく困惑しながら、そっとベールの腕に手を掛けた。


すると、ベールは一瞬だけこちらを見下ろし、ほんのわずかに、満足そうな色を含んだ笑みを口元に浮かべた……ように見えた。


(……今、笑った?)


一瞬のことだった。

見間違いかもしれない。

それでも、胸の奥が、くすぐったくなる。


「行くぞ、ラリータ」


名を呼ばれた、その瞬間。

心臓が一拍、余計に跳ねた。


(……本当に、調子が狂うわ……でも)


そう思いながら、内心で小さく息を吸う。


(……これは、嬉しい)


ラリータは、教授から離れないように、いつもより少しだけ強い力でその腕をつかんだ。

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