18
歓待の夜会まで、まだ少し時間がある。
荷物を改めて漁ると、数冊の本が見つかった。
父の手によって本の箱はドレスの箱に変えられてしまったが、どうしても手放せない本だけは別の箱に入れておいたのだ。
それが功を奏した。
(教授の本……)
ラリータは、バイブルのように読み込んできた、ベールが著した本の表紙をそっと撫でた。
ー 可視化する毒 ー
学園に入る前から持っている一冊で、今ではラリータの宝物だ。
昔、辺境伯領を訪れていた商人が個人的に所持していた本で、タイトルを見た瞬間、強烈に惹きつけられた。
毒を『可視化』するとは、どういう意味なのか。
少しだけ、と頁を開かせてもらったその瞬間から、夢中になった。
商人が滞在している間、毎日のように城を抜け出して読み続けに行った結果、彼が「売ってもいい」と言い出すまで、そう時間はかからなかった。
お小遣い六回分という高価な本だったが、迷いはなかった。
持っていたお金をすべて差し出し購入した、人生で初めて自分で選び、手に入れた本だ。
何度も読み返したせいで、丁寧に扱ってはいても、角や背には擦れが目立つ。
それでも愛おしく、ラリータは頁を開き、自然と文字を追い始めた。
「ラリータ、いるか?」
「え!?教授?」
ノックではなく、扉越しに響く大声。
思わず頬が緩む。
(ノックではなく直接の呼びかけ……教授らしい……)
ラリータは、ふふふと小さく笑いながら扉を開けた。
「……綺麗に飾り付けられたな」
教授……ベールの第一声は、それだった。
視線は一瞬だけラリータをなぞり、すぐに興味なさそうに逸れる。
そのくせ、口元だけが、ほんのわずかに緩んでいる。
「……綺麗、ですか?」
思わず確認するように問い返してしまう。
「ああ。綺麗だろう?違うのか?」
評価基準がどこにあるのか分からない、淡々とした声。
本来なら頬が熱くなりそうな言葉なのに、教授が言うと、照れる隙間すら与えてくれない。
(……これって、もう少し、照れる場面では……ないのかしら?)
「ありがとうございます……?……」
自分でも疑問符がついてしまう礼を口にすると、ベールは気にした様子もなく頷いた。
「準備ができているなら、行くぞ」
そう言って、当然のように腕を差し出してくる。
「……?」
ラリータは、差し出された腕と教授の顔を不思議そうに交互に見比べた。
「お前は、エスコートも知らないのか?」
呆れたように、わずかに眉が動く。
「……エスコート?」
「ほら、腕に手を掛けろ」
命令口調ではないが、有無を言わせない口振りだ。
(ええ?……)
ラリータは唖然とその差し出された腕を凝視する。
エスコートくらい、夜会に出れば嫌というほど経験してきた。
けれど……
(まさか、教授から、こんな自然に……)
教授に腕を差し出されるという状況が、頭の処理を一瞬止めただけだ。
(教授がエスコート……?)
ラリータは内心ではとんでもなく困惑しながら、そっとベールの腕に手を掛けた。
すると、ベールは一瞬だけこちらを見下ろし、ほんのわずかに、満足そうな色を含んだ笑みを口元に浮かべた……ように見えた。
(……今、笑った?)
一瞬のことだった。
見間違いかもしれない。
それでも、胸の奥が、くすぐったくなる。
「行くぞ、ラリータ」
名を呼ばれた、その瞬間。
心臓が一拍、余計に跳ねた。
(……本当に、調子が狂うわ……でも)
そう思いながら、内心で小さく息を吸う。
(……これは、嬉しい)
ラリータは、教授から離れないように、いつもより少しだけ強い力でその腕をつかんだ。




