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夕食の席では、予想どおりラリータは陛下の近くに座らされた。
陛下の隣に座るメレドーラ公爵の視線は、痛いほどだった。
美麗な人物の鋭い眼差しというのは、なおさら深く突き刺さる。
……だが、ラリータの意識はそれどころではない。
離れた席に座るベールに、どう話しかけるべきか……
そればかりを考えていた。
「……おい!ラリータ!聞いているのか!?」
突然の大声に、思わず肩を跳ねさせる。
「何をぼうっとしているのだ! 陛下の前で失礼だぞ!」
父の言葉が鞭のように飛んできて、ラリータは慌てた。
急いで、にこやかにこちらを見ている陛下へ視線を向ける。
「申し訳ございません」
小さく頭を下げると、陛下は穏やかに微笑んだ。
「ラリータ嬢は……薬師らしいな……」
「は、はい。薬師というほどでもないのですが、辺境伯領の薬は作っております」
「そうか……では、ベール・ケベックを知っているか?」
顎で、少し離れた席で食事をしている教授を指し示しながら、陛下はにやりと笑った。
「……は、はい……ケベック教授には、私がアグルス学園で学生の頃、お世話になっておりましたので……」
ラリータは、やや動揺しながら答える。
「ほう、そうだったのか!なるほど……。ラリータ嬢は、ベールとは仲が良かったのか?」
突然の問いに、ラリータの心臓が跳ねる。
「な、仲がよ……いいえ!そんな!教授には、あくまでも学ばせていただいただけで……そのような……」
顔を赤くして慌てふためくラリータを見て、なぜか陛下は楽しそうに手を叩き、隣にいるメレドーラ公爵の耳元で何事かを囁いた。
メレドーラ公爵は、その様子を訝しげに見たあと、近くに仕える侍従へそっと声をかける。
侍従は一礼すると、すぐにその場を離れていった。
ラリータは、陛下から教授のことを問われた衝撃で、
周囲に気を配る余裕などなく、ただひたすら動揺していた。
ほどなくして、先ほどの侍従が遠くの席にいたベールを伴って戻ってきた。
それを目にした瞬間、ラリータの心臓が大きく跳ねる。
「そこに一つ、席を用意してくれ」
陛下は何を思ったのか、ラリータの正面にベールの席を設けるよう命じた。
ラリータは激しく動揺し、陛下の顔を何度も見やる。
「陛下、なぜ私がこの席に……?」
ベールは明らかに不満そうな声でそう言い、しぶしぶ用意された席に腰を下ろした。
「いや、なに。ラリータ嬢とお前は学園で縁があったようだからな。滞在時間も短い。せっかくだ、学園でのベールの昔話でも聞かせてくれ」
ベールは少し驚いた顔でラリータを見たが、すぐに陛下に向き直る。
「……あのですね、陛下。学問を教える側と教わる側で、昔話も何もないでしょう。辺境伯のご令嬢に失礼です」
「そうか?普段ベールが学生に何を教えているのか、私は興味があるがな……」
陛下はそう言って、ラリータへ視線を向けた。
「ラリータ嬢、ベールが学園でどのように教鞭を執っていたのか、聞かせてくれないか?」
黙ったまま、露骨に迷惑そうな顔をしているベールを盗み見て、ラリータの鼓動は高まるばかりだった。
(……お話ししていいの……?すごく教授、嫌そうなんだけど……)
ラリータは落ち着かず、ちらちらとベールの様子をうかがっていた。
すると、メレドーラ公爵が静かに口を開く。
「ケベック伯爵のことは気にしなくてよい。陛下にお話を……」
(ええ!?本人、完全に無視!?本当に!?私、教授の怒りに触れたくないんですけど!!!)
ラリータはぎょっとして、公爵とベールを交互に見やる。
そして兄・アルカナへ視線を向けると、アルカナは緊張した面持ちのまま、ゆっくりと頷いた。
(し……仕方ないわよね?陛下と公爵の命令だもの……でも、本当に話していいのかしら……教授、機嫌が悪そう……)
ラリータが不安そうにベールを見つめていると、ふいに視線が合った。
その瞬間、ベールが小さく頷いた……そんな気がした。
(……話してもいい、ということ……?……それなら……)
「……ケベック教授は、薬学の第一人者ですので、生徒は皆、教授のことを尊敬しておりました。実験に失敗しても決して怒鳴るような方ではなく、私たちの突拍子もない仮説さえ、面白がるように聞いてくださって……生徒の意見を尊重してくださる、とても素晴らしい教授です……」
「ほう、ベールが?」
陛下は、信じられないといった表情を浮かべる教授に視線を向け、満面の笑みを浮かべた。
「……ケベック教授は、私たち学生一人ひとりに平等に向き合い、素晴らしい学びを与えてくださいました。今も、心から尊敬しております」
正面に座るベールから目を逸らさぬまま、ラリータはきっぱりと言い切った。
(そう……そんな教授だからこそ、私は今も、忘れられずにいる……)
「……ベール、すごいな。生徒にそこまで熱烈に褒められるとは。案外、立派な教師なんだな」
陛下は相変わらず、にこにことした笑顔で教授にそう言う。
「……陛下、令嬢もお困りのようです。そろそろ、この辺で……」
教授は、イラっとした表情を隠さず陛下に言った。
「うーん……そうだな。ところでベール、お前、今ヘーゼル嬢がいなくて不便ではないのか?準備不足で、ほとんど荷物も持たずに今回の隣国行きに臨んでいると聞いたが……?」
「……特に、困っておりませんが?」
教授は引き続きぶっきらぼうに答える。
その際、なぜか鋭い視線がメレドーラ公爵へと向けられていた。
「オーレアン辺境伯よ」
唐突に、陛下が父へ声をかける。
「我々が隣国へ赴き、こちらへ戻るまでの一週間、そなたの娘を、ベールの助手として借りることはできないだろうか?」
「なっ……!!!!!!!!」
声を上げたのは、ラリータではなく、教授本人だった。
陛下のあまりにも突然の言葉に、ラリータは思わず口をあんぐりと開けてしまう。
「娘を、ですか……?」
一瞬の間のあと、
「はい、まったく問題ございません!」
父は、にやりと笑い、勢いよく即答した。
食事会は、その後も終始賑やかな空気のまま幕を閉じた。
陛下の思いつきのような一言と、父の即断即決、そして誰も止められない流れの中で、ラリータは気づけば「ベール・ケベック教授の助手」として、この一行に同行することが決まっていた。
あまりにも急で、現実味がないが、教授の顔を思い出せば、嬉しくもあり怖くもあった。
震える手をぎゅっと握り締め、ラリータは教授の部屋の前に立った。
一度、深く息を吸い込み、覚悟を決めて扉をノックする。
「どうぞ」
中から聞こえたのは、感情の読めない、いつもの教授の声だった。
ラリータは覚悟を決めて、そろりと扉を開けた。




