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こんにちは。
初のシリーズに挑戦いたします!
「騎士団の竜に好かれたら、至宝な団長に目をつけられました」こちらの物語からお読みいただくことを推奨します。
そして、ベールのことを優しく見守っていただけると嬉しいです。
アイゼン帝国には、最高位に列せられる二大公爵家が存在する。
それは、ただの名門ではない。
帝国の礎そのものと称される、特別な二家だ。
一つはメレドーラ家。
いくつもの商会を束ね、莫大な財と物流をもって国を支える家門である。
帝国の市場が回り、軍が動き、王都の灯が絶えることなく輝き続けるのは、この家が流す金と物資が、血のように国中を巡っているからにほかならない。
そしてもう一つが、リカルド公爵家。
こちらは剣も財も持たず、学術によって王族を支える家門だ。
歴史、政治、法制、医学など帝国の中枢に関わる知の多くは、この家から生み出されてきた。
財を動かし、国を支えるメレドーラ。
知を極め、道を示すリカルド。
分野こそ違えど、どちらが欠けても、アイゼン帝国は成り立たない。
二つの公爵家は、互いに補い合いながら、帝国の屋台骨を支えていた。
そして、リカルド公爵家の次男として生まれたのが、ベール・リカルドであった。
もっとも、公爵家にはすでに先妻の子がいた。
侯爵位を持つ先妻パールとの間に生まれた、嫡男ユージン、九歳。
そして長女メリッサ、八歳。
しかし、その母であるパールはすでに亡くなっている。
その後、後妻として公爵家に迎えられたのが、ケベック伯爵家の娘、マリフィだった。
マリフィは嫁いで間もなく身ごもり、やがてベールを出産する。
マリフィは心優しい性格なので、先妻の子どもたちも分け隔てなく育てようと思っていたのだが、ユージンもメリッサもなかなか懐かず、二人との関係は決して良好とは言えなかった。
ベールは生まれてほどなく、言葉を発し、文字を読み始めた。
その成長は異様なほど早く、学問を重んじるリカルド家の中にあってさえ、彼は『神童』と呼ばれた稀有な存在だった。
ベールのその才を何よりも喜んだのが、リカルド公爵本人である。
公爵は、ベールを目に入れても痛くないほどに可愛がった。
それが、ベールの悲劇の始まりだった。
兄であるユージンと、姉のメリッサは、次第にベールを疎み、やがて陰でいじめるようになる。
表向きは礼儀正しく振る舞いながら、誰の目も届かぬところで、言葉と態度で幼い弟を追い詰めていった。
母マリフィは、その様子に気づいていた。
だが、後妻という立場である以上、義理の息子と娘を強く叱ることはできない。公爵に訴えることも、できなかった。
傷ついた表情を見せまいと笑うベールの姿を見るたび、マリフィはただ胸を押さえ、ひとり涙を流すしかなかった。
そんな日々の中で、ベールが強く興味を抱いたのが、医学。
その中でも『薬学』だった。
兄ユージンと姉メリッサが専攻しているのは、政治と法制。
いずれも、言葉と理屈で人を動かす学問だ。
ベールは頭が良かった。
あまりにも早熟であったため、公爵は「早く学ばせたほうがよい」と判断し、わずか七歳にして学園へ通うことを許された。
本来であれば異例中の異例だが、リカルド家においては、それすらも才能の証として受け入れられた。
しかし、その学園には、兄と姉も通っていた。
どの学部でも通えるだけの才が、ベールにはあった。
政治でも、法制でも。
ベールの成績を疑う者はいなかっただろう。
けれど、ベールにとって重要だったのは、学問の優劣ではない。
兄と姉から、離れられるかどうか。
正直なところ、離れられるのであれば、どの学部でもよかった。
そうして選んだのが、二人の通う学部から最も遠く、分野もまったく異なる医学だった。
言葉で人を操る学問ではなく、
力で押し伏せる術でもなく、
ただ静かに、人を生かすための知識。
ベールは、無意識のうちに、
「争いの外側」に立つ道を選んでいたのかもしれない。
そして学園へ入学し、医学を学ぶうちに、ベールは『薬学』という魅力的な学問に出会った。
薬学は、あまりにも複雑で、そして美しかった。
植物には果てしないほどの種類があり、
その性質は一つとして同じものがない。
さらに、それらをどう組み合わせるかによって、結果は無限に変わっていく。
そこには「ただ一つの正解」は存在しなかった。
試し、失敗し、考え直し、また試す。
知識と感覚、経験と観察、そのすべてが求められる世界だった。
どこまでも研究を続けることができ、終わりが見えない。
だが、その終わりのなさこそが、ベールには心地よかった。
気づけば、彼が薬学にのめり込むまで、さほど時間はかからなかった。




