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第0話 魔道具屋クロノス


雨が降っていた。

街の喧騒が遠くへ滲み、

アスファルトの照り返しが夜を薄く照らしている。


その中に、一枚の看板があった。

「クロノス」――それだけが、かすかに金の文字で刻まれている。


何の店かはわからない。

雑居ビルの裏、誰も通らない細い路地。

明かりも、音も、気配もない。


けれど、その扉の前だけは――

雨が当たらなかった。



扉を開けると、鐘の音が響いた。

懐かしいようで、聞いたことのない音。


店内は狭くも広くもない。

棚には用途の分からない道具が無数に並び、

瓶や箱の中で、淡い光が息づいている。


空気は静かで、

まるで“時間”だけがここに留まっているようだった。


奥のカウンターに、誰かが立っていた。

黒いローブを深く被り、顔は見えない。


「いらっしゃい」


声は、性別も年齢もわからない。

ただ、その響きだけが――人間のものではなかった。



「ここは?」


思わず尋ねると、

ローブの人物はゆっくりとこちらを見た。


「あなたが、来ることになっていた場所です。」


「……どういう意味ですか?」


「時を見失った者だけが、この店の扉を開けられる。

 それが、ここ《クロノス》の決まりでして。」


人物は棚の奥を指差した。

そこには、無数の奇妙な品々が並んでいる。


「欲しいものを探しなさい。

 それは、あなたの“願い”を映す鏡でもありますから。」



その瞬間、

どこかの棚の上で、ひとつの魔道具が微かに光った。

まるで呼吸するように。


振り向いたときには、もう店主はいなかった。

ただ、奥の方で――時計の針が動く音がした。


――カチリ。


音が鳴るたびに、店の光がわずかに揺れる。


雨の音が遠ざかっていく。

気づけば、外の世界が霞んでいた。


この場所だけが、永遠に取り残されているようだった。


――クロノスは今日も、雨の中で誰かを待っている。



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