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曖昧な記憶

作者: じゅラン椿

 小指のリングはもう、光を失っている。

 買った時は銀色がまぶしくて「本当にペアでこの値段?」なんて笑いながら彼と選んだ。

 あの夜の事を私は、しっかり覚えている・・・そう思い込んでいた。

 でも細かく思い出そうとすると、あれ?と感じてしまう。


 確か彼が「そういうことなら仕方ないね」って言ったような・・・

 けど、あの時の表情は曖昧なままで、思い出せない。


泣いていたのは私だけだったのか、彼だったのか・・・?

もう5年近く経つ。


私は別の街に引っ越して仕事に没頭し友人に囲まれている。それなりに幸せ。

 でも、夜小指のリングを触ると、記憶が戻ってくる。

彼が淹れるコーヒー、寒い夜の手のぬくもり、妙に静かな洗面所。小さな情景がやけに鮮明なのだ。


 「お互いの自由のために、この形にしたんだよね」

確かにそう言った。

 未来の約束じゃなく、"今を大切にしよう"って。それが"ピンキーリング"

 でもほんとは、あの時、薬指にしてほしかった。

たったそれだけのわがままを私は言えなかった。


この間彼を見かけた気がした。駅の向こう側のホームの人ごみにスーツ姿で、少し瘦せたようにも見えた。

確信がないまま、電車のドアが閉まって私の視界から消えた。

 彼だったのか、他人の空似だったのか、それも曖昧だ。


 思い出は時間と一緒に、輪郭をぼかしていく。

 けど、気持ちはいつまでもそこに残るんだと思い知らされる。優しさも、ズルさも、すべて含めて。

もし、今彼に会ったら私は何を言うだろう。

"元気だった"、それとも"ピンキーリングどうしてる?"って笑っているだろうか。

・・・何も言わないだろうか?

そうやって言葉を呑み込むのも私たちらしい気がする。


指輪をそっと外すと、妙に軽くなり、ソワソワして落ち着かなかったから、また付けた。

 私の記憶の中に彼を置きたいらしい。

 それでもいいと思う。

 人はきっと、忘れていくことで、前に進むけど、曖昧な思い出だって、生き抜く支えとしての役目になる。

リングをなでながら、私はそっと目を閉じた。

 

 もう眠ろう。

 明日は少しだけ"曖昧じゃない私"でいられる気がするから。








 この物語は「きっぱり忘れたはずなのにどこかでまだその人がいる気がする」という、大人ならではの"曖昧な未練"を描いています。

 愛は過去のものになっても記憶には形を変えて残る。

 ときには、淡く、時には鮮明に・・・。

 その記憶の濃さは自分自身のやさしさ、弱さにもつながっているのかもしれません。


 "指輪"という象徴は約束の証ではなく、"過去を外せない心の証"として描きました。

 あなたにも外せない何かがあるとしたら・・・・。

この物語がその記憶にそっと寄り添えたら幸いです。


                                     じゅラン 椿


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