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第5話 漢文の女

 アジ文本社から電車で帰宅して、俺は(かわら)に記された漢文について、より詳しく調べ始めた。


 今の時代は、何でもインターネットで検索すればヒットするが、より深く調べるためには、文献史料にあたらねばならない。


 奈良時代の文献資料は、何といっても続日本紀(しょくにほんき)寧樂遺文(ならいぶん)である。

 続日本紀は書籍として一冊、寧樂遺文は三冊、出版されている。


 もちろんすべて漢文で書かれていて、大学に入って、初めてこれらの本を手にした時は、宇宙語で書かれているんじゃないか、と思ったほど難解であった。


 誰でも漢文の初歩は義務教育で習うが、日本古代の漢文は変体漢文と呼ばれ、中国の漢文に日本語の要素が加わっているので、読み方や理解の仕方に独特のクセがある。


 古代史専攻の連中は、この漢文を読み下し文に直す練習をひたすら行う。

 そうした作業の中で、漢文の読解力を養っていくわけだ。


 俺は本来、日本考古学専攻であったが、古代史の漢文にも興味があったので、古代史専攻の連中にまざって、冷やかし半分で練習しているうちにかなり読解力を得ることができた。

 もちろん本当の専門の人間にはかなわないが、独力で漢文の解釈が在学中にできるようになったことはうれしかった。


 それと、今は続日本紀や寧樂遺文はデジタル化され、目的の語句の検索が容易になっている。

 良い時代になったものだ。

 俺は、瓦文のプリントアウトをキーボードの前に広げた。


 <外従五位下上毛野朝臣宿奈麻呂者>

 <左大臣長屋王近侍不和君足告意此>

 <合薬事丁丑年六月夭死訖王誅之也>

 <豊島足此十女癸午年十月廿日造墓>


 《()五位下の上毛野(かみつけの)朝臣宿奈(すくな)麻呂は》

 《左大臣長屋王の近侍で、不仲の君足(きみたり)がこの意見を告げた》

 《薬を合わせること。天平9年(737)6月夭死(ようし)しおわんぬ。王の(ちゅう)これなり》

 《豊島足此十女(とよしまあしこのとめ)が天平14年(742)10月20日に墓を造った》


 まず調べるのは、《外従五位下上毛野朝臣宿奈麻呂》である。

 こいつは一体何者なのか?

 キーボードにタイプする。


 さっそく続日本紀の中に、3つのヒットがあった。

 ちなみに続日本紀の漢文の内容は、朝廷内外で行った事件や人事などの記事のオンパレードだ。

 その中から必要な記事を見つけるわけである。


 まず一つ目の記事。

《神亀5年(728)5月21日。従六位上の上毛野朝臣宿奈麻呂に外従五位下を授ける》


 ……ふーん……


 これが宿奈麻呂の初見記事か。

 内容は官位昇進。


 続いて見てみる。


 二つ目の記事。

《天平元年(729)2月17日。外従五位下上毛野朝臣宿奈麻呂等七名は、長屋王事件と関係していることが判明したので流罪に処す。それ以外の疑わしき者たち九十名はすべて(ゆる)すことにする》


 ……おー! 何と言うことだ!


 宿奈麻呂は、あの長屋王事件の中心人物だったのか! 

 長屋王事件については後で詳しく調べるとして、3番目の記事を見てみる。


 三つ目の記事。

《天平14年(742)6月4日。上毛野朝臣宿奈麻呂を赦して、元の外従五位下に復する》


 ……そうか……


 長屋王事件で流罪にされて、13年後に赦され、元の官位に戻ったわけか。


 俺は、ここで瓦文のプリントアウトを見て、あることに気づいた。


 宿奈麻呂(すくなまろ)(ゆる)されたのが、

 天平14年(742)6月4日。


 そして、豊島足此十女(とよしまあしこのとめ)が、宿奈麻呂の墓を造ったのが、

 天平14年(742)10月20日。


 つまり、罪を赦されてから、宿奈麻呂はわずか4か月後に死亡したことになる。


 それと、宿奈麻呂は、長屋王事件当時は平城京、つまり今の奈良にいたはずで、そこからどこかの流罪地へ行った。


 13年後赦されてから、彼は官位が復活しても、都で勤めを再開したのではなく、この群馬の地に戻ったのである。


 おそらくだが、宿奈麻呂の郷里は、今の群馬の前高市の地だったのではないか。

 彼は流罪地で体を壊し、赦されてからも復職せず、自分の故郷で、豊島足此十女に看取られて死んだのだろう……


 そんな想像をしていると、俺は、宿奈麻呂という男に俄然興味を抱いてきた。


 ……お前は一体何者なのだ……?


 豊島足此十女(とよしまあしこのとめ)とは、どんな関係なのだ?


 そして、瓦に書かれている漢文の正確な意味は、一体何なのだ?


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