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第2話 発見者

 俺は、赤城山麓の佐伯邸を出て、瓦を見つけたという佐伯老人の将棋友達の家に行くことにした。


 まずは情報収集が必要だ。


 俺の車は、中古で買った旧式のバンで、渋緑の塗装がところどころ剥げかかっている。

 できれば買い換えたいのだが、そんな金の余裕はなかった。

 例の瓦は、バックシートに風呂敷包みのまま置いてある。


 車にはカーナビが付いていないので、いつもショルダーバックに突っ込んである7インチタブレットをカーナビ代わりにして、佐伯老人から聞いた住所を検索した。

 ナビによると、ここから車で10分ぐらいの距離である。


 赤城山麓のなだらかに下る道路を行くと、田んぼと畑の間に目指す家が見えてきた。

 道路に面して立派な門があり、その奥に大きな母屋が見える。

 この辺の農家の地主らしい邸の構えである。


 俺は、車を門の中に乗り入れて、寄ってくる(にわとり)()かないように注意しながら駐車し、母屋のインターフォンを鳴らした。

 くぐもった声が聞こえ、スリッパの音とともに、中年の女性がドアを開けた。


茂木太平(もてぎたへい)さんは御在宅でしょうか? 私、中野と申します。佐伯洋一郎から頼まれてきたのですが」


 中年女が振り向き、


「おとーさーん、お客さーん」


「おお」


 と、奥から声が聞こえる。

 女と入れ替わりに、禿げ頭の老人が玄関にやってきた。


「洋さんから電話をもらいました。あなたが甥御(おいご)さん? まあ、どうぞ上がってください」


 佐伯邸を辞去する前に、佐伯老人に電話をかけてくれるように頼んでおいたのである。


「失礼します」


 畳の居間に通され、先ほどの女がお茶を運んできて、さっさと出ていった。


「突然、お邪魔してすみません」


 と言って、途中のコンビニで買った手土産を畳にそっと滑らせた。


「いやいや。洋さんの話だと、私が拾った(かわら)について聞きたいんですって?」


「そうなんです。拾った時のことなどをお聞かせ願えないかと思いまして」


 茂木太平が、余計なことを詮索してこないので、ありがたかった。


「ここから、ちょっと歩いたところにうちの畑がありましてな。いつもゴボウを作っとったんです。去年でしたか、小型の重機を借りて耕していた時に、土の中から出てきたんです」


 ゴボウは、土の中でまっすぐ下に伸びる性質を持つ。

 しかし(かた)いものにぶつかると曲がってしまい、商品価値が下がる。

 関東地方では、下層に関東ローム層という堅い地層があるため、ゴボウの根がそこに当たると曲がってしまうのである。


 農家はそれを避けるために、なるべく深く耕して土を柔らかくする。

 ひどい場合には、茂木太平のように小型重機を使って掘り起こしてしまうのだ。

 水田や麦畑では耕運機で掘り返される深度はせいぜい数十センチだが、ゴボウの場合は1メートル以上となることも珍しくない。


 そうすると地下にある埋蔵文化財は、ひとたまりもなく破壊されてしまう。

 遺跡地を土木工事などで、このように壊してしまうことはご法度だが、通常の耕作行為として行うならば規制の対象とはならない。


 俺は、茂木太平の話を聞いて、重機のバケットで何かの遺跡を引っかけたらしいことを感じた。


「その瓦を見つけた時に、何か変わったことはありませんでしたか? 例えば、土の色が変わったとか、別のものが一緒に出てきたとか?」


「そうだな。そうそう、一緒に(すみ)のかけらがいっぱい出てきたな」


「炭? どのような炭でしたか?」


「とても良い炭じゃった。昔なら火鉢に使うところじゃが、今はそんなものは使わんので拾わんかった」


 俺は、この話にピンと来るものがあった。

 昭和54年(1979)に奈良県奈良市此瀬(このせ)町から発見された太安万侶(おおのやすまろ)の墓には、質の良い木炭が充填(じゅうてん)されていた。

 それは木炭(かく)を持つ墓で、状況が似ている。

 この墓には銅製の墓誌(ぼし)が伴っていて、その文字から太安万侶の墓であることが特定されたのである。


 ということは、この瓦も墓誌である可能性がある。

 墓誌とは、被葬者(ひそうしゃ)の生前の身分や事績を記したもので、奈良時代の墓誌は全国的にも珍しいはずだ。

 ただし銅製のものがほとんどで、瓦製は聞いたことがない。


「それが出た畑を見たいのじゃろ?」


「ご迷惑でなければ、お願いします」


「じゃあ、近くだから歩いて行こう」


 茂木太平に案内されて、10分ほど歩いて、瓦が出た畑に到着した。


「この辺はな、宅地開発が進んでおって、俺の土地も何か所かあったが売ってしもうた。そうそう、ここじゃよ」


「この畑の中のだいたいどのあたりだったのでしょうか?」


 茂木太平が健脚な足取りで、その場所へ行き、きょろきょろと見回した後、両手を広げて俺に教えた。


「確か、このへんじゃったな……」


 俺は、そのあたりを見た。

 ちょうど畑の地境あたりで、隣の区画は、明らかに新しく整地された様子である。


「この隣の区画は、前から整地されていたのですか?」


「いや、ついこの間まで、発掘調査とかをやっておったな」


 俺は、この返事に思わず反応した。


「前高市が発掘調査を行ったのですか?」


「詳しいことはわからん。うちのばあさんも作業員で行っておったな。確か3か月ぐらいやっておった」


 この辺の発掘調査なら、前高市教育委員会が行っているはずである。

 茂木太平が示した場所は、敷地の境界あたりだったので、もし遺構に伴っていたのなら、発掘調査を行った側に続きが出ていてもおかしくない。


 遺構とは、遺跡から発見される竪穴住居・溝・柱穴・土坑・墓等の痕跡を総称する考古学用語である。

 前高市教育委員会に当たってみる必要がありそうだと思った。


 そののち家に戻り、茂木太平が、ばあさん、と奥に声をかけて妻を呼び出し、発掘調査を手伝っていた時のことを俺に報告させた。

 俺は、前高市の発掘調査担当者の名前を教えてもらい、お礼を言って辞去した。


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