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第15話 最終話 女の想い

 翌日、俺は車で群馬に向かった。

 佐伯老人には事前に連絡を入れてあった。

 佐伯邸に到着し、応接室で瓦と報告書を、佐伯老人に手渡した。

 そして今回の調査の概要を説明した。


 佐伯老人は、いつものように俺の報告に耳を傾けながら、俺の顔をじっと見ていた。

 一通りの説明が終わり、何か質問があるかと思ったが、あっさりしたものだった。


「ご苦労。よく調査してくれた。いつもように後で口座に振り込んでおく」


 と言って、今日は用事があるからと言って、俺を早々に追い出した。




 俺は、佐伯邸の帰りに、茂木太平の畑に行ってみた。

 畑には何も植わっていなかった。


 瓦が出土した場所に立ってみる。


 ここは、赤城山西南麓の中でも、ことに見晴らしの良い場所だった。

 渋川、前橋、そして遠くの高崎の市街が一望できる。


 奈良時代のころであれば、総社古墳群や山王廃寺、のちには上野国分寺ができることになる上野国の中心地があったはずである。


 俺は、想像を巡らせた。


 当時の都である平城京の東にも若草山がある。

 そこから見た眺望も素晴らしい。


 <足此十女(たるひとのむすめ)>が、ここに宿奈麻呂の墓を造ったのは、平城京の景観を彷彿(ほうふつ)とさせる、ここからの景色を宿奈麻呂に見せたかったからではなかろうかと、ふと思った。


 摩耶が言った「あたしにはわかる。二人は恋人同士だったのよ」という言葉は、俺も納得できる気がした。


 もしかしたら、彼女はこの場所に立ち、宿奈麻呂と共に若草山に登って、そこから二人で見渡した平城京の眺望を、脳裏に描いていたのかもしれない……



 -----



 アジ文からの発掘調査作業に従事してから、ひと月ほど経ったある日、昼食時に、作業員のおばさんから、漬物の差し入れをもらった。


 漬物のタッパを包んでいる新聞紙を広げた時、とある記事が目についた。

 それは地方新聞の前高市版であった。


 俺は、箸を置いて、新聞を読み始めた。


 ……去る×月×日、前高市文化財保護審議員の佐伯洋一郎氏から、重要な埋蔵文化財遺物が発見されたと同市教育委員会に報告があった。

 同氏によれば、前高市○○町△△番地の茂木太平氏が所有する牛蒡(ごぼう)畑から奈良時代の瓦1点・木製(ひつ)1点・小金銅仏(しょうこんどうぶつ)1点が発見され、瓦には長屋王事件に関係した漢文が刻まれていたという。

 また、木製(ひつ)はほとんど原型をとどめていないほど保存状態が悪かったが、その内部にあった小金銅仏は極めて保存状態が良かった。また小金銅仏の底面には<愛>という字が刻まれ、瓦の文字と筆跡が同じであったという。

 同氏は、これらの遺物について、すでに独自の調査を行っており、それによると奈良時代中期で、国内でも類例の少ない墓跡であり、今後これらの遺物の取り扱いについて、前高市のみでなく県・国とも協議を行い、重要文化財の指定も視野に入れるという……


 俺は、新聞を置いて、思わず苦笑した。


 ……やりやがったな、あのじじい……


 俺は、この新聞記事を読んで、佐伯老人の策略を瞬時に悟った。


 茂木太平の畑から出土した物は、瓦だけではなかったのだ。


 他に、木製櫃と小金銅仏があった。

 俺に、これらの調査を依頼しなかった理由は理解できる。


 木製櫃については、物理的な問題だろう。

 木片程度の残存ならば、分かることはほとんどないし、持ち運ぶと破損が進む恐れがある。


 小金銅仏については、俺の調査によって、アジ文や他の関係者に見られ、情報が流出することを恐れたのであろう。

 見る人が見れば、奈良時代の仏像だと分かるし、たちどころに噂になるからだ。


 奈良時代の小金銅仏で保存状態が良ければ、それこそ国の重要文化財、あわよくば国宝指定される可能性さえある。


 また、古仏なら俺より佐伯老人自身の方が詳しい知識を持っているはずだから、俺に依頼する必要はなかったのであろう。


 佐伯老人は、俺に瓦とその文字を調査させ、小金銅仏と合わせて、出土品の歴史的な意義を十分に把握した上で公表したのだ。


 おそらく水面下では、出土遺物の買い取り交渉が行われているはずだ。

 古美術売買の世界は熾烈で、知識のあるなしで勝負が決まる。

 出土遺物に十分な知識がなければ、買いたたかれる可能性がある。


 それと、茂木太平もグルだった。

 俺が初めて茂木太平を訪れる前、佐伯老人から太平に、瓦以外のことは言うな、という連絡が行ったのであろう。

 口裏を合わせたわけだ。


 まあ、でもそんなことは、俺にとってはどうでもいい。


 俺は、解かれることを待っている歴史の謎に出会えればそれでいい。

 その結果を何に利用するかなど、他人が考えればいいことだ。


 それより俺には、小金銅仏の底面に<愛>という字が刻まれ、瓦の文字と筆跡が同じであったということに、強く興味を惹かれた。


 この小金銅仏は、<足此十女(たるひとのむすめ)>が安置したものであろう。

 しかも底面に<愛>という文字を刻んだ。

 これはまちがいなく宿奈麻呂に対しての感情そのものだ。


 俺は、とても幸せな気分になり、新聞を畳み、400円の仕出弁当を再び食べ始めた。



――完


最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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