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冬空  作者: 加藤無理
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初仕事

 俺が六十代の時に天命の大飢饉が起きた。見た目年齢が六歳だけれど、俺は働き始めた。働くといっても家事手伝いと草取りぐらいだ。それに大人達は一日の半分以上は働くけれど、俺達貴族の子ども達はその半分以上は働かせてもらえない。


 前回と同じく、飢饉で飢え死にしたり口減らしにされたりした者達が沢山来ていた。それだけではなく、浅間山の噴火で気象がおかしくなってまた不作になったりと、現世は散々な様子だった。


 祝呪隊しゅくじゅたいという組織が現世で迷える死霊を楽土まで導いて荒ぶった魂を鎮める。俺達はその落ち着いた新入達の世話をする。


 といっても大層な事はしない。子どものうちに亡くなった新入の遊び相手をしたり、平民の大人達の炊事洗濯を手伝ったりする。田畑の雑草を取ったりその他の農作業の手伝いもする。


 少し奇妙かもしれないが俺達霊体も食べるのだ。楽土でも田畑も有れば森も有るし、魚や鳥や獣もいる。けれども俺達は肉を食べない。現世の人間と違って作物や植物で事足りる。楽土の動物達は一度、人間によって殺されているので、再度楽土で殺生するわけにいかないのだ。例外は有る事には有るけれど、俺達は基本は眺めるだけだ。動物達も滅多に襲ってこない。


 罪人の死霊が「種木たねぎ」になって作物の種を作る。楽土ではその種を蒔いて栽培する。それは現世とは決定的に違う所の一つだ。


 姉と縄と俺が包丁を握って野菜や果物を切ったり、釜戸に火を付けて米を炊いたり、芋を茹でたりして、平民達に食べさせる。平民達は農作業したり家を建てたり重労働をする。姉は裁縫が得意で縄は掃除が得意で俺は料理が好きだった。子どもの世話は三人共好きだった。時々、妹の空野を連れて行って一緒に面倒を見る。洗濯は苦手だけど姉と縄が黙々やるので一所懸命にやった。


 女の物と一緒に洗濯物を干すなと騒ぐ嫌な男が時々いたけれど、縄と姉が、

「貴方のいた所とこちらでは勝手が全く違う」

「女をそこまで蔑む道理はこちらには無い」

 と、毅然とした態度で諭す。俺ならば、

「ゴチャゴチャうるせぇ爺共」

 と、言うけれど、その前に二人は諭す。


 楽土は現世と違って気候は穏やかで、規則的だ。飢饉はほとんど起こらない。頑張れば頑張るほど成果は出る。不作で苦しんで一度死んだ者達も少しずつ癒やされていく。



 現世では肥料は欠かせないが楽土では田楽が肥料の代わりになる。田畑の前で舞を披露すれば作物は楽しそうに育っていく。また、楽土にも森は有るので森から落ち葉を集めて堆肥にも出来る。


 森は徳を積んだ善男善女が化けて出来た木々から成り立っている。木々は少しずつ増えていく。森には鹿や猪や熊や猿が棲む。森に入る時は神楽を披露する。そうしないと動物に襲われたり事故が起きたりするからだ。森からは落ち葉以外にも木材や山菜や珍しい果物が手に入る。


 俺達は仕事が終わると、たまにその珍しい果物をもらうことがあった。


 雨が降れば仕事は休み。楽土の雨は六日に一度、しとしとと上品に降る。作物を潤し川や沢を生む。農村部では雪も降るけれど、大人の膝下までしか積もらない。現世では豪邸をなぎ倒す台風も有れば鉄砲水も有るし、豪雪地帯ならば人の背丈の三倍は降る。


 「楽土ここは本当に天国だなあ」

 平民達が何度もしみじみに言う。俺は現世に興味を持つようになった。現世では飢饉や災害だけではなく、犯罪も有るし、火事は深刻だ。江戸時代は大きな戦争もなくて太平の世と言われるけれど、苦しみはあった。確かに苦痛を味わいたくないけれど、それでも俺は現世に行きたくなった。


 楽土でも火事が無いことは無かったけれど、火消隊が各町村ごとに有る。水で消したり、飛び火を避ける為に家を解体したりする。それだけではなく、雨乞いしたり火の神に願ったりもする。効果があって、江戸の様な大火事にはならない。


 気が付けば現世では様々な国々が日本に興味を持ち始めていた。ロシアやイギリスが日本との通商を要求し始めた。鎖国していた江戸幕府は困っていた。現世から新しい学問を学んだ者が来て俺達に教えた。自然科学の面白さ、異国の哲学。


 現世は危険と不思議が一杯だ。俺は益々、現世に興味を持った。

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