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冬空  作者: 加藤無理
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寺子屋

 俺は五歳から五十歳頃まで寺子屋に通った。楽土でも寺子屋や教育機関は昔から有る。十歳になるまで誰かにおんぶしてもらったし、筆が持てるようになったのは二十代半ばだった。けれど、それまでは大人しく僧侶や尼の講義を傾聴していた。見た目は幼子でも心の年の取り方は現世の人間とは変わらない。他の生徒が茶化さなければ黙って集中できる。茶化されても言霊飛ばしでそれを言い触らした。


 読み書きそろばんや経文以外にも仏教説話や儒学も教わったし、琵琶や太鼓や笛も習った。一つの寺で複数の僧侶や尼がそれぞれ得意な事を教えた。時々、落語家や歌舞伎役者が来てはなしたり演じたりした。


 寺子屋には貴族や平民の子ども達以外にも生前に学ぶ機会のなかった者達も来ていた。確かに当時の現世で百姓でも余裕あれば寺子屋に行けたけれど、水呑み百姓や女達は学ぶ機会が無かった。特に女達は富農の娘でも学びを禁止されている場合があった。


 俺は三十歳ぐらいになると子ども達に師匠達の講義を噛み砕いて教えたり遊び相手になったりした。喧嘩が起きれば仲裁に入った。母や姉からは、

「女を蔑む奴は男ではなく獣だ」

 と、何度も言われてきたので、女の子をいじめる男の子を叱った。すると男の子達は俺を茶化す、

「女に好かれたいだけの助平すけべ

「女ったらしのモヤシ野郎」

「やっぱりまだ乳臭いガキだろ」

 悪ガキ達はそれで飽き足らず、時には殴りかかったり蹴飛ばそうとするので俺はそれを避けて逆に石を投げてやり返す。自慢ではないけれど、十歳ぐらいの悪ガキ五人相手でも見た目三歳児の俺は勝ったことがある。


 俺達貴族は生まれつき霊圧が高い。霊圧というのは霊体から出る圧力で、胆力や精神力が源になっている。霊圧が高ければ高いほど他への影響力が増す。高すぎれば何もしなくても相手が不調を訴える。霊圧は慣れれば調節できる。


 だから悪ガキには霊圧を使いながらこらしめる。それに見た目は三歳児でも精神年齢は三十歳だ。弱い者いじめは被害者も可哀想だし、加害者の魂も腐っていく。


 現世の女達の多くは自信がない。それどころか卑下する。だから本来持っている霊格よりも霊圧が低い。霊格というのは霊の格で、一等が最上級で二十五等が最下級。一等に近いほど神仏に近く、成仏しやすくなる。霊格が上がれば上がるほど霊力も高くなる。


 楽土ではむしろ女の方が立場が上だ。女は子どもを生むし、罪をなかなか犯さない。現世では非力だった女達は楽土では力を持つようになる。楽土では現世とは違った摂理が働いている。


 俺が寺子屋に足しげく通っていたのは勉強が楽しいからではなくて、他の貴族の子どもと会えるからだ。成長が遅い者同士、分かり合えるものがあった。特に俺よりも二十歳ほど年上のなわとは親しくなった。


 縄も貴族だけど俺とは親戚ではない。俺は梨家なしけ、縄は蕗家ふきけ。貴族は楽土を維持する巫女を輩出しなければならないので、楽土では貴族同士の対立は滅多に起こらない。俺と縄は仲違いする理由はなかった。


 縄は器用だ。見た目一歳児なのに筆を持って綺麗な字を書いていた。それを同年代の姉が誉めていた。縄は礼儀正しいので平民からも貴族からも好かれていた。物静かな態度は女達からは一目置かれていたし、堂々とした様子は男達からも慕われていた。俺は悪ガキ達を力でこらしめるけれど、縄は理路整然と言葉で悪ガキ達を説き伏せる。


 俺が寺子屋に通い始めた頃、縄はいつも隣に座って勉強しながら俺の様子をうかがっていた。足腰が安定する二十代までは手を繋いでかわやや部屋に連れて行ってくれたし、家と寺子屋の往復に付き添ってくれたりもした。


 俺は早く大人になって仕事をしたかったが、縄は静かに本を読むことが多かった。時折、和歌を詠んで師匠達や大人達に誉められていた。縄は焦る俺に、

「大人の時間はもっと永いから気長にいこう」

 と、さとす。


 落ち着いた縄と短気な俺。それでも俺と縄は落語が好きだった。噺家の噺で一緒に笑ったり泣いたりした。落語と言えば笑いだけれど、人情落語は悲劇や感動的な噺が多い。一流の噺家は始める前から客を引きつける。見た目が子どもの俺達相手でも真面目に噺す。

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