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第19話 和解

 それから数ヶ月の時が経ち、リデル王女は、すっかり元の明るさを取り戻した。ここまで至るには、マリエッタの尽力なくしては語れない。そしてもう一つ、キリアンも陰ながら協力した。


 キリアンは、公爵未亡人からの依頼で子供向けの童話を執筆したが、それだけではなく、知り合いの画家に挿し絵を依頼し、製本し、世界で一つだけの本を作成した。ただの原稿を手渡すにはあまりにも味気ないと思ったからだ。リデル王女はこの本を大層気に入り、一生の宝物として大事にすると言ってくれた。


 リデル王女が旅立つ当日、サーシャとマリエッタが見送りにやって来た。


「私たちの夫も駆けつけたかったのですが、あいにく私用がありまして、どうかお許しください」


「いいえ、ありがとう。この国で受けた恩は一生忘れません」


 リデル王女はまだ子供だが、きちんとした教育を受けた王女らしく丁寧な返答をした。前に会った時よりも表情が明るくなり生き生きしている。そして小脇には、キリアンが作った本を大事そうに抱えていた。


「ここから王城に向かい、国王陛下に挨拶してから帰国の途に着きます。ここから王城に向かうまでの警護はどうしても手薄になります。よからぬ輩が殿下の御身を狙うなら正にこの時でしょう。別れを惜しむ気持ちも分かりますが、ここは迅速に行動しましょう」


 未亡人の言葉を受けて、リデル王女は表情を改める。生垣が風もないのに不自然な揺れ方をしたのはその時だった。唯一サーシャだけが微かな異変に気付く。


「みんな、伏せて! 殿下を守って!」


 サーシャは生垣のところへ駆けつけ相手が姿を見せる前に思い切り突っ込んだ。中から出て来たのは覆面をした三人の男たち。未亡人たちはそれを見て息を飲む。護衛の男たちも慌てて駆けつけるが、初めに気付いたサーシャが至近距離にいた。


 サーシャは、真正面から立ち向かうと力の差で押し負けるので、足元を蹴飛ばして相手を転ばせた。その拍子に落とした剣を奪い、一転攻勢に出る。男たちは一瞬ひるんだが、相手が女だと知ってそのまま突っ込む。サーシャは力をうまく逃してひょいひょいと交わしていった。


(何だ。アドルファスよりも全然弱いじゃない)


 そして、相手の隙を突いて一閃。まず一人が倒れた。それを見て形成不利と判断した二人は背中を向けて逃げ出す。ここからは、元からいた王女の護衛騎士が動き出す。程なくして、逃げた二人も捕えられ一網打尽となった。


「こんな重い服を着てなけりゃ追いかけられたのに! だからドレスって嫌いなのよ!」


 ドレスの裾をたくし上げながら悔しそうに顔を歪めて戻って来たサーシャにマリエッタはびっくりして声をかけた。


「ちょっと、サーシャ! それどころじゃないわよ! 怪我はない?」


「へ? 大丈夫よ? 久しぶりに動いたからちょっと疲れたけど、案外体が動くものね」


「そうじゃなくて!」


 この一連の出来事は、ここでは終わらなかった。王都の新聞社が美談として大々的に取り上げたお陰で、急に有名人になったのだ。


 有名になったのはサーシャだけではない。マリエッタの名声も国中に広まり、その夫キリアンまで紹介された。マリエッタの店には連日たくさんの客が訪れるようになった。中産階級のエリアに店を構えたのに、評判を聞きつけて貴族まで足を運ぶ始末だ。


 マリエッタとキリアンは突然忙しくなった。最初のうちは閑古鳥が鳴いていたのに、大勢の客が一気に押し寄せ、外にも列を作る日が来るなんて。てんてこ舞いで働くなか、二階から姑のゾフィーがのっそりと現れた。


「何なんです、この騒ぎは? 客を捌ききれず混乱してるじゃありませんか?」


「お義母さんごめんなさい。二階までうるさいでしょう。急にお客さんが増えたので、私とキリアンだけじゃどうしようもなくて……。でも、少ししたら元に戻ると思いますので、それまでどうかご辛抱を」


 それを聞いたゾフィーは、顔をしかめて何か言いたげだった。あ、またまずいことを言ってしまった。マリエッタが心の中で後悔していると、ゾフィーは予想外の行動に出た。何と、ごった返す店内にずかずかと入っていったのだ。


「立っているものは親でも使えと言うでしょ。私にもできることがあったら言ってちょうだい。せっかく来た客を逃すわけにはいかないわ」


「お義母さん!? 手伝ってくれるんですか?」


 マリエッタは、驚きのあまり一瞬仕事の手を止めてしまった。「どうせ開業しても長続きしない」などと、ずっとマリエッタの方針に反対していたゾフィーが、自ら手伝いを買って出たのだ。まさかこんな展開になるとは。


 ゾフィーは、前の家ではずっと働きづめだったため、初めての仕事でもすぐに容量を覚え手際よくてきぱきと動いた。あそこが痛いここが痛いとずっと塞ぎ込んでいたのが嘘みたいだ。彼女が手伝ってくれたお陰で、無事に一日の営業を終えることができた。やっと閉店の看板をかかげ、ほっと一息ついたところで、ゾフィーが口を開いた。


「久しぶりに働いたけど、まだこれだけ体が動くとは思ってなかったわ。今までごめんなさい。ずっと文句ばかり言ってきたこと、許してちょうだい」


「いえ、そんな……! 滅相もございません! 認めてくださって嬉しいです……」


「これからは、私もここで働かせてもらってもいいかしら? 少しでもあなたたちの役に立ちたい」


「はい! もちろんです! キリアンも作家の仕事が入ると思うので、ちょうど助かります!」


「えっ! 新聞の小さなコラムだから大したことないよ。ここの仕事には影響ないから大丈夫」


 キリアンは困ったような顔で言ったが、マリエッタは満面の笑みを夫に向けた。


「それでも大きな一歩だわ。ようやくあなたの文章を認めてくれる人が出てきたの。これはチャンスよ」


 その日は、閉店した後も店から笑い声がいつまでも聞こえていた。


**********


 その頃、サーシャとアドルファスは、エミリー第二王女の誕生日パーティーに招待されていた。エミリー王女は、賑やかなものが好きらしく、ドレスコードはかなり自由に設定され、各々趣向を凝らして参加すべしとの文言が招待状に書かれていた。


 サーシャは、鏡に映った自分の姿を改めて眺め回した。新しく仕立て直してもよかったのだが、数年経っても体型は変わっておらず、すんなりと昔の服が着られた。こうして鏡に映してみるとしっくり来る。やはり、自分の原点はここだ。色々回り道はしてきたが、一番自分らしくいられる格好。変に気負ったりすることなく素直に受け入れられる。


「サーシャ姫、お待たせいたしました。じゃ行くよ」


 アドルファスがウィンクしながら腕を差し出す。サーシャはそこにそっと手を添え、二人並んでパーティー会場へと向かう。人々のびっくりする視線が心地いい。やがて、会場の大扉が開かれ、二人のお披露目となった。


 そこにいた誰もが、サーシャの装いに言葉を失った。鮮やかな紫のコートに繊細な刺繍が施されたレースのクラバット。袖から見えるレースもお揃いのものだ。普段ドレスで覆われる足は、トラウザーズを履いているため腰から腿にかけてのラインがくっきりと見える。その曲線美はまるで雌鹿を思わせた。普段は時間をかけてアップにする髪もシンプルに後ろに束ねているだけ。そして胸には、いつかマリエッタがくれたオレンジのヤマユリのブローチが輝いていた。


 招待客からヒソヒソと囁かれる会話がいっそのこと心地いい。サーシャは、アドルファスの腕に手を添えながら意気揚々と歩き、エミリー王女のところへ挨拶に行った。


「サーシャ素敵! その格好で来てくれると思ったわ! 見た目だけじゃなくて本当に強いんだからすごすぎよね! こんな友達がいるなんて私まで誇らしくなっちゃう」


 17歳になったばかりのエミリー王女はキャッキャとはしゃぎながらサーシャたちを出迎えた。その騒ぎを聞きつけて兄の王太子が彼らのところに飛んでくる。次期国王と目される王太子も、この日ばかりはお喋りな妹のお目付け役に回っていた。どうやら、アドルファスを独り占めしたがって妹がごねていると思ったらしい。


「エミリー、アドルファスはサーシャの夫なんだぞ。他人の夫に熱を上げるなんてはしたないことするなよ」


「ちょっと、兄上! 私がまだアドルファスに夢中だと思ってたの? 今の推しはサーシャよ! 女性なのに男性より強いなんてすごいわ! ねえサーシャ、一緒に踊ってくださらない?」


 エミリー王女はそう言うと、サーシャに向かって手を差し出した。これには、みなえっと驚いて目を丸くする。


「ファーストダンスの相手は僕だろう? サーシャだってアドルファスと踊るに決まってる」


「もう子供じゃないんだから兄弟と踊るなんて嫌よ。一番の英雄のサーシャと踊りたい! 兄上はアドルファスが相手でいいじゃない?」


 これにはサーシャとアドルファスも思わず吹き出してしまった。


「困ったことになりましたね。ですが、私も夫から許可をいただかないと」


 サーシャはそう言うと、いたずらっぽい眼差しで夫を見上げた。アドルファスもおどけて肩をすくめる。


「愛しの妻と最初に踊れないのは辛いところだが、王女殿下の頼みとあっては断れまい。いいよ、行っておいで」


「と言ってくれますので、謹んでお受けいたします」


「じゃ僕はアドルファスと踊るしかないじゃないか。やれやれ」


 こうして、エミリー第二王女17歳の誕生日は、華々しく開催された。男装のサーシャはエミリーを優しくリードして、その光景に見とれぬものはいなかった。これより少し後に、女性が男装するのが貴族社会で流行するようになったと言われている。それだけでなく、自分の身は自分で守ろうと剣術を習う淑女まで現れるようになったというのだから、周りに与えた影響力は大きかった。


 

最後までお読みいただきありがとうございます。

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