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第七話「悪党たちの茶番劇」



「……くっ、なんだ!? お前たちは一体!?」


 やけに高そうな絨毯の上に、男が転がる。

 男はバスローブを着ており、身包みも豪勢に出来上がっていて、それはそれは身分の高そうな見た目をしていた。


 そんな男を、白いヴェールで顔を隠した女性が見下ろしている。

 それどころではない、男を取り囲むようにして、同じような仮面を着用した白づくめの女性たちが男を取り囲んでいた。


 男の周りには護衛と思われる男たちが気絶しており、皆手傷は負っているものの、致命傷ではなく手心を加えられている。

 もはやどうにもならない状況ではあったが、いかにもプライドが高そうな男は逆上して声を上げた。


「貴様ら、私を誰と心得ている!? お、お前たちが逆らっていい相手だと……」

「分かっているとも、ゼロール上級議員」


 ふと、女性達の背後から男の声がする。

 ヌルっと、まるで闇の中から生まれたように現れた男は、女性たちとは違い仮面で顔を隠したスーツの男だった。

 見覚えのある面相に、ゼロールと呼ばれた男は目を疑った。


「き、貴様は……仮面の男ロア!? ば、馬鹿なただの商人風情ではないのか!?」

「アンタの差し向けてきた荒くれ者達は全員こちらで処分させてもらったよ。随分と手練手管を使わされて超迷惑だった」

「馬鹿な!? 帝国の中でも上位に位置する暗殺ギルドだぞ!?」

「らしいな。扱い安くて助かったよ」


 仮面をクイっと指で眼鏡をかけなおすように持ち上げたロアは、怪しく笑う。

 その様子を見て、ゼロールは歯噛みする。


「貴様は一体何者なのだ!?」

「ただの下っ端だよ」


 それだけ言うと、男の両肩を白ずくめの女性たちが掴み、手を縄で括る。


「やめい! 私をどうしようと言うのだ!」

「ちょっと休暇に行ってもらうだけだよ。……時にご老公、”砂風呂”って知ってるか?」

「………はぁ?」


 意味が分からずに聞き返すと、ロアは自慢気に語り出した。


「なんでも、砂の下に頭から下を埋めて気持ちよくなる儀式なんだそうだ。せっかくだからリゾートまでご案内してレクチャーして差し上げよう」


 ロアはそれだけ言って背を向ける。

 女性たちはゼロールを乱暴に引き倒し、顔に袋を掛けて、視界を奪った。


「や、やめろ! やめろーーー!」


 悲痛な叫びが、ゼロールの館がある貴族街の真ん中で響きわたるのだった。





「これは……一体どうゆうことでおじゃる……?」


 タムラ=マールは法廷で驚愕に青ざめていた。

 朝、自信満々の顔で、レオスの顔を見るために日課である化粧をばっちりと終わらせ、意気揚々としていた彼にとって、今日の光景はまさしく異様だった。


「では、レオス=パルパに判決を言い渡します」


 壇上に居るのは、何故か帝国の裁判長を取り仕切っているゼロールではない。

 目を見張るほど煌びやかな金髪に、端正な顔、そして―――この帝国で二番目に偉い地位を持つ人物「ゼファー=ロナン」だった。


「無罪」


 ゼファーが木槌を打ち鳴らすと、フッと弁護人席にいるロアに微笑みかける。

 タムラは、納得がいかないと言わんばかりに拳を握って、隣に居た検察の男へと怒鳴りつけた。


「ど、どうなっているんでおじゃる……何か意義を申し立てろ!」

「無理を言わないでください……」


 検察の男が首を横に振る。

 もうすでに打つ手無しでお手上げと言った調子で、検察官が諦めた理由が三つあった。


 要因は「証人」と「証言」

 そして「レオス自身の意志」だった。


「それもこれもヤツが……ゴーヨック=バリーが奴らの側に付いたばかりに……!」


 タムラの視線の先、証人がいる席には、既に証言を終わって腕を組んで席にふんぞり返っている40代ほどの男性の姿があった。


「全て無駄だったんだよ」

「……なに?」


 狼狽えていると、壇上のゼファーがタムラに声を下ろす。

 まるで何もかもが見え透いていると言わんばかりの青色の瞳が、タムラを見下ろしていた。


「ゴーヨックの証言により貴公の『自作自演』は崩され、その裏にあったゼロールの私兵は処理された……権力と刺客に頼った下種な日々は、さぞ楽しかったろう?」

「だ、黙れ黙れ! なんの証拠があって!?」

「―――ゼロール本人が全て明け透けに話してくれたよ」


 横入りに声をかけられたタムラが声の方を見ると、ロアが笑みを浮かべていた。


「アンタらも迂闊だよなぁ。ロナンモールに放った刺客がまさかゼロールの子飼いだったなんてさ。お陰で辿ってゼロール本人まで辿り着くことが出来たよ」

「き、貴様まさかゼロールを……」

「殺してはいない。ただ『今後、何もしなければ安心して生きることが出来る』とだけ言い渡して退職してもらっただけさ」

「脅迫ではないか!」

「フッ、レオス=パルパへ脅迫しておいて何言ってるんだか……なぁ、バリー卿?」


 声を掛けられるが、ゴーヨックは何を言うつもりはないのか黙ったままだった。

 あしらわれたのかと首を軽く傾げて、ロアは続けた。


「まず、先ほど証言にもあった通り”レオス=パルパが殴った事実はない”」

「そ、そんな、そんな話通るか!? マロの頬には殴打された跡があるのだぞ!?」

「それってレオス本人に殴られた証拠になるんですかぁ?」

「……はっ?」

「ま、こんなこと言い争っても遅いけどな。アンタは評議会でレオスを挑発していたのは何人もの人が証言している」


 言われて歯噛みをするタムラ。

 何も言わなくなったタムラに向かって、こんなものかと鼻を鳴らしたロアは指を鳴らした。


「さぁ、閉廷の時間だ。速やかに解散するとしよう」


 そう言うと、タムラは腕を何者かに掴まれた。


「…………はっ? な、何者でおじゃるかこの白面共は!?」


 背後を振り返ると、そこには白いヴェールで顔を隠した白い軍服のようなもので体を包んだ女性達がいた。

 一人ひとりが強い力で、すでに老いぼれている体を拘束している。




「―――ロナン帝国の新鋭部隊、名前を”白百合部隊”」




 壇上のゼファーが口にする。

 タムラは驚愕で口をあんぐりと開けていた。


「帝国の闇の部分を塗りつぶすために、僕が新造した部隊でね。いわゆる”暗部”って奴さ」

「か、閣下……まさか仮面の奴等と……!?」

「おっと、ではそろそろ全員強制退去だよ。……あとタムラ、君には後で聞きたいことがあるからさ」


 連行しろ。とゼファーが言うと、大絶叫を上げてタムラが引きずられていく。

 それを見たレオスは、小さく、とても小さくつぶやいた。


「………酷い茶番だ」

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