オリハ
駅のトイレを借りる。用を済ませ、鏡の前に立つ。
「ふむ……」僕だ。
名前は田中旅夢。ゲームに登録したネームもリョム。
今月中に16歳になる、僕だった。
素直な、肩までの黒髪、澄んだ菫色の瞳。柔らかな鼻梁に桜色の唇。細い首筋――
小首を傾げる。髪の毛がすんなり揺れる……。
男子としては、ちょっと華奢で頼りない印象かもだけど、まぁ今回。なんとか体力は持つでしょう。なんたって、万能の“オリハ”があるから、ね。
オリハ。インテリジェント・コーティング端末と理解されている、宇宙鉱物だ。
頭の天辺からつま先まで、目ん玉も全て、今、裸の全身を余さず包んでいるそのオリハは“服”の形態を取っていて、僕に長袖の白シャツと、紺のパンツ、茶色のブーツを着せていたのだった。
気分を変えてみようか?
“意識”した途端、オリハが反応。シャツが半袖になり色が、パステルイエローに変わったのだった。アハッ!
そして今回の、ゲームアプリ“バトルトラベル”。
出会ったのは僅か数日前だ。
いつの間にかそこにあって、試しに展開してみて、しっくりくるものを感じちゃったってわけ。
でも、周囲の友達に聞いても「知らない」と言うだけだし……。
じゃ、やってみるしかないよね――
僕は歩き始める。
駅舎の外に出る。暖かい日の光――
仮想現実が視界の横にマップを表示し、ナビを始める。
靴底がローラーブレードに変形し、自動走行し始める。
「さぁクエストだ――!」
まず目指すはスタート地点、鴨川漁港。
興奮が身を突き動かすままに、僕は県道247号を南下したのだった。
☆ ☆ ☆
(太海の海岸。安房鴨川駅の隣、内房線の太海駅から徒歩にて)
(3月撮影。曇り。以下同)