午後8時に着た電話
ぷるるるるるん♪
ぷるるるるるん♪
ぷるるるるるん♪
「あら、今、午後8時よ。こんな時間に誰かしら?」お母ちゃんは食べていたカリーライスのスプーンを冷たい水の入ったコップに入れてから電話に出た。
「はい、もしもし? 榊ですが?」
「もしもし? 奥さん? 坂本です。夜分にすんません」
「あらま、坂本さん、こんばんわ。どうしました?」
「今ね、榊さんの家の近くのスナック『役立たず』に飲みに来てましてね、ちょっと、この後、2軒目のスナック『淋しがり屋』に行って来ます」
「はあ、そうですか。じゃあ、いってらっしゃい???」
「はーい。『淋しがり屋』に行ってきま~す」と坂本と名乗る酔いどれは電話を切った。
お母ちゃんは首を捻りながらちゃぶ台の前に座ってコップのスプーンをかき混ぜてからカリーライスを食べた。
「お母ちゃん、電話、誰?」とお父ちゃんはらっきょをむさぼりながら言った。
「あんたの幼馴染みの坂本さん」
「何だってさ?」
「『スナック『役立たず』に行った後に2軒目のスナック『淋しがり屋』に行くから』って言ってた」
「ふーん」
ぷるるるるるん♪
ぷるるるるるん♪
ぷるるるるるん♪
「また坂本からかもな。お父ちゃんが出る」とお父ちゃんは言ってふんどし一丁で電話に出た。
「はい」
「はあはあはあはあ」
「はい?」
「はあはあはあはあ」
「どちらさん?」
「はあはあはあはあ」
「誰?」
「おっさん、今、どんなパンツ履いてるの? パンツにウンコ付いてるかい?」
「ちょっと待ってね」とお父ちゃんは言って電話口を押さえると家族に向かって笑った。
「人間のクズといわれている変質者からだわ」とお父ちゃんは言って爆笑していた。
「あら嫌だ」とお母ちゃんは言って別に困るでもなくらっきょを食べた。
「ジョイスティック買ってよ~」とバカなお兄ちゃんはお父ちゃんのふんどしに向かってシャドーボクシングをした。
僕はお兄ちゃんの肩に鼻くそを付けて復讐を果たした。
「もしもし?」
「はあはあはあはあ」
「教えて欲しいか?」
「うん。はあはあはあはあ」
「君のパンツの色を教えてくれたら教えてあげるよ」
「はあはあはあはあ。僕はパンツを履かないんだ」
「あっ、そう。じゃあね」
「ちょっとちょっと、おっさん! 約束したじゃん。はあはあはあはあ。パンツの色を教えてよ」
「君の名前を教えてくれたら教えてあげるよ」
「はあはあはあはあ。それは困る。おっさん、早くパンツの色を教えてよ」
「君の電話番号369―✕✕✕✕の吉田さんでしょう? 家に掛かる電話ってね、相手の電話番号と名前が出るタイプの電話なのさ」
「ゲッ!!!!」
プープープープー
「あははは。バカな奴。クズ野郎、お父ちゃんのパンツの色を知りたがってた。お父ちゃん、パンツ穿かないもん。勝手に切れたわ」とお父ちゃんは言って電話を切った。
ぷるるるるるん♪
ぷるるるるるん♪
ぷるるるるるん♪
「またかい」お父ちゃんは面白がって電話に出た。
「もしもし?」
「おう、隆三郎か?」
「彰紀か?」
「さっきお前の美人のカミさんが出たぞ」
「聞いたよ」
「予定変更して今から隆三郎の家に行くから」
「ちょっと待て」とお父ちゃんは言って電話口を押さえるとお母ちゃんに恐る恐る聞いた。
「お母ちゃん、彰紀の奴、今から家に行くからって言ってる」
「ダメ!!」
「お母ちゃん、どうしてもかい?」
「ダメ!!」
「久しぶりなのに……。お母ちゃん、どうしてもダメなのかな?」
「ダメ!! 坂本さんにこんな時間に迷惑だから来ないでって言ってよ!!」
「お母ちゃん、何でよ? 久しぶりじゃんよ。いいじゃんいいじゃん」
「さっきからダメだって言ってんべよ!! ダメなものはダメ!!」
「お母ちゃん、そこを何とか頼むよ。そうだ! 彰紀によう、ジョイスティック買わせるべ」
「ダメだって言ってんべよ!! いい加減にしろ!! はいダメダメダメダメダメ!!」
「わかった……」とお父ちゃんは電話口を離すと相手に話し出した。
「彰紀、ダメだわ」
「ダメなの?」
「ダメみたい」
「隆三郎、どうしてもダメ?」
「ダメだわ」
「隆三郎よ、どうしてもどうしてもダメ?」
「ダメだな」
「何でダメなのよ?」
「カミさんがダメって言ったから」
「じゃあ今日はダメだな」
「うん、ダメだな」
「隆三郎、じゃあな、また今度な」
「彰紀、何かごめんね」
「いいって。お前、ふんどし一丁か?」
「もちのろん。彰紀、お前はブリーフ一丁か?」
「あたりきしゃりきよ。息子の蘭丞もブリーフ一丁で過ごしているよ」
「バカは遺伝するんだな」
「まあな。隆三郎、じゃあね」
「またな」とお父ちゃんは言って電話を切ると少し落ち込んでカリーライスを食べました。
おしまい
昭和っぽい物語でした。読んでくれてありがとうございました。書いていて楽しかったです✨




