王妃になる器 二人の公爵令嬢の争いは決着がついたはず。でも今度は負けませんわ。
わたくしは負けた。王妃争いに負けたのだ。
悔しい…とても悔しい…
やり直せるなら人生やり直したい。
エルディア・コルテウス公爵令嬢、いや、今はコルテウス女官長として、イレーヌ王太子妃の補佐をしている有能な女官長である。
歳は25歳。
17歳の時にイレーヌ・キルディス公爵令嬢と共に、ユリウス王太子殿下の婚約者候補として、婚約者の座を競い、負けてしまった。
選ばれたのはイレーヌ・キルディス公爵令嬢であった。
その後、王弟殿下との婚約話も持ち上がったのだが、弟のエリックが、婚約者の伯爵令嬢に暴力を振るったとかいう事件が起きて、その話は無くなったのだ。
宰相である父は宰相を辞職して責任を取ろうとした。
しかし、国王陛下は、
「そなたがいなくなっては困る。宰相を続けて欲しい。」
と、懇願した為、かなりの慰謝料を被害者の伯爵家に支払って、この件は終わった。
しかし、エルディアに、まともな縁談は望めなくなった。
どうして、弟のせいで、わたくしがこのような目に合わねばならないのよ。
好きだったユリウス王太子殿下に選ばれず、それならば、高位な方に嫁いで、社交界に君臨したい。しかし、それすら叶わなくなってしまった。
イレーヌがその時に誘ったのだ。
「あなた程の人…わたくしに必要だわ。ねぇ、エルディア。お願い。わたくしの為に王宮で働いて欲しいの。」
イレーヌにその時、ライバルとして友情を感じていたエルディア。
「イレーヌ様のお役に立てるのなら、喜んで。」
そしてエルディアは、女官として能力を発揮し、瞬く間に女官長へ出世したのであった。女官長として、イレーヌの傍で色々と助言をしたり、公式の場にも付き添いで出席して、補佐をしたり、王宮の女官達を取りまとめたり、忙しく充実した日々を過ごしていたのだ。
そんな日々はやりがいがある。でも、ふと思うのだ。
昔好きだったユリウス王太子殿下の傍で微笑むイレーヌ王太子妃。
もしかしたらそこに自分がいたかもしれないのだ。
父からの報告で、実はイレーヌが婚約者争いの時に影でユリウス王太子を強かに誘惑していたのを知った。
人の好い顔をして、自分を油断させようとしたのも知った。
弟を陥れたのも、どうもイレーヌの仕業かもしれないという事が解った。
今でも、傍で仕えていて、
「エルディアが傍にいるととても心強いわ。大好きよ。」
人の好い微笑みで、口癖のように言うイレーヌ王太子妃。
貴方はそうやって、わたくしが好きだったユリウス王太子殿下や、わたくしが欲しかった未来の王妃の地位も奪ってしまったのね。
でも、平然と何もなかったかのように、エルディアはイレーヌに向かって、
「王太子妃様。今日は予定が詰まっております。急ぎ、支度をしてお出かけしないと。」
「そうね。」
メイド達2人は心得ており、別部屋にイレーヌと共に移動し、イレーヌの支度を始めた。
その間に、今日のイレーヌ王太子妃の予定をメモを見て確認する。
こういう仕事はやりがいがあって好きだけれども…
でも、時々、思うのだわ。わたくしだって、好きな人と結ばれて、社交界の華になりたい。
イレーヌに潰された自分の最高の人生をやり直したいって。
ユリウス王太子が、イレーヌを迎えに来た。
美しい白のドレスを着て、ティアラを着けたイレーヌに向かって、微笑みながら、
「今日も美しい。イレーヌ。」
「有難うございます。王太子殿下。」
「さぁ、参ろうか。」
ああ…わたくしは未来の王妃として未熟だったのは、解っているわ。
でも…でも…やり直せるならば、やり直したい。
今度こそ…わたくしは社交界の華に…このマリウス王国の王妃になりたい。
そう強く願ったら、エルディアはとある見知らぬ庭園に立っていた。
赤い薔薇が咲き乱れている。まるで、血の色のようだ。
「え?何故?ここはどこかしら…わたくしは王宮にいたはず…」
「このまま、結婚できず、社交界の華にもなれず、一生終えていいのか?」
一人の男性が庭園の奥から現れた。
この方は自分と婚約話が持ち上がったディード王弟殿下。歳は35歳。
口髭のある金髪の整った顔の彼はマリウス王国の騎士団長である。
エルディアは緊張する。
「何故、わたくしの心の中を?貴方は魔法が使えるのでしょうか?王弟殿下。」
ディード王弟殿下はニヤリと笑いながら、
「心の中を読まなくても解る。お前は悔しいはずだ。ユリウスとイレーヌの事が憎いはずだ。」
ディード王弟殿下は、赤い玉を手に持って、
「この玉を砕けば、お前の人生は動き出す。このままイレーヌの女官として、寂しく一人で過ごすか、それとも私と共に野心に賭けてみるか。」
エルディアは赤い玉を見つめる。
ディード王弟殿下は企んでいる。ユリウス王太子殿下とイレーヌ王太子妃を陥れたいのかもしれない。
あの二人は優秀だ。
ユリウス王太子が王位に就けばマリウス王国は安泰だろう。
それでも、わたくしは…
このままの人生なんて嫌。愚かだと笑ってもいい。
わたくしはわたくしの力で、この人生に抗ってみせるわ。
赤い玉を奪い取ると、地に叩きつけた。
本来の人生の歯車が狂いだした。
イレーヌ王太子妃の父であるキルディス公爵は国王の側近で、王家の影の支配者である。
その影とは別に、ディード王弟殿下は組織を作り、影を活動させているとの事。
影の暗躍の対応は影に任せることにした。
とある日、エルディアはイレーヌに、
「イレーヌ様。わたくし、女官長の職を辞したいと存じます。」
イレーヌは驚いたように、
「何故?何が不満なの?わたくし、貴方が傍にいてくれたから、王太子妃の仕事をやってこられたのよ。大事な大事な貴方は親友ですもの。それなのに。」
「わたくし、知っていますのよ。弟を陥れて罪人にしたのが、イレーヌ様の差し金だという事を。わたくしと王弟殿下と結婚させたくなかったのですね。ディード王弟殿下に改めて婚約を申し込まれましたの。」
「でも、貴方の家から罪人を出したわ。そんなはずは…」
「わたくしの優秀さを見込まれたのですわ。ですから、まことに残念ですけれども、わたくし、女官長の職を辞したいと思います。」
「エルディアっ…」
そう、わたくしはわたくしの人生を…本来とは違う人生を生き直すのよ。
ディード王弟殿下と結婚したエルディア。
王弟殿下夫人として、社交界で咲き誇る。
イレーヌ王太子妃派とエルディア派と貴族の社交界は二分された。
学生時代の派閥抗争の再現である。
真紅のドレスを着て、黒髪を豪華に巻いて、夜会に出席するエルディア。
ディード王弟殿下は、若いユリウス王太子殿下より、外国の貴族達に顔が広い。
そして、騎士団長ながらも剣技だけでなく、博識で外国語が堪能で社交が得意である。
そんな彼と共に外国の貴族達と鮮やかな社交をするエルディア。
なんて気持ちがいい。女官長として、イレーヌの傍で仕事をしていた時もやりがいがあったけれども、やはり、真紅のドレスを着て、華やかに社交するのはどれだけ幸せな事か。
ディード王弟殿下の顔を見れば、優しく微笑み返してくれて、
「貴方はどうしてわたくしを助けてくれたの?」
こっそりと聞いてみれば、
「私も人生をやり直したかったに過ぎない。本来の人生は君以外の女性と結婚をして、さんざん裏切られ苦労した人生だった。だから、今度は賢い女性と結婚して、私はきちっと生きようと思ったのだ。」
「そうでしたの…」
ユリウス王太子とイレーヌ王太子妃が共にやって来て、
ユリウス王太子は、二人に向かって、
「私達より目立つのは困ります。私が未来の国王。私を立てて頂きたい。」
イレーヌも、金の髪を結い上げて、桃色のドレスを着てにこやかに。
「とても素敵なドレスですわ。エルディア様。でも、わたくしの事を立てて頂きたいわ。」
エルディアは扇を口元に当てて、
「未来の国王?でも、王位継承権は第一位。でも、第一位だからと言って、国王になれるとは限りませんわ。」
ユリウス王太子は眉を寄せて、
「エルディア。何を言う。私が王太子。間違いなく未来の国王だ。」
ディード王弟殿下は、ニヤリと笑って、
「王太子より、私の方が優秀ならば、国王選出の国民投票にかける事が出来る。それがこのマリウス王国の法律だ。お前が国王になりたいならば、王位継承権2位の私より優秀である事を示すのだな。私は兄とは歳が離れた兄弟だ。それに、国民に人気のあるマリウス王国の騎士団長でもある。容赦はしない。覚悟するんだな。」
ユリウス王太子は悔し気に顔を歪めた。
彼は彼なりに優秀である。
だが、騎士団長であるディード王弟殿下は国民に人気があるのだ。
イレーヌが睨みつけてきた。
「わたくしは貴方とお友達でいたかったのに。」
エルディアはホホホと笑って、
「貴方にとって都合のいいお友達でしょう。」
「負けられないわ。見てらっしゃい。」
エルディアは、王弟殿下夫人として、慈善活動にも力を入れて、事ある毎に国民に優秀さをアピールした。
負けじとイレーヌも王太子妃として、国民の教育に力を入れて、こちらも優秀さをアピールした。
エルディアは学生の頃を思い出して懐かしがった。あの頃はよくイレーヌと勉学とかダンスとか外国語習得とか、ユリウス王太子殿下の婚約者になる為に競った物だ。
だが陰でユリウス王太子を誘惑していたイレーヌ。
今度は容赦はしない。
国民投票が行われて、ディード王弟殿下が王位継承権1位になり、3年後に国王陛下が引退をし、ディードが国王へ即位した。
最高位への王妃にエルディアはなったのである。
本来の人生なら女官長として、一生を終えていたはず。
大勢の国民に祝福されて、ディード国王と共に王宮のテラスに立つエルディア王妃。
弟が罪を犯していても、それすら関係なくなるほどに、二人の人気は国民にとって絶大であった。
イレーヌから、エルディアは祝福を受けた。
「おめでとうございます。エルディア王妃様。」
「有難う。イレーヌ。」
「今度は負けたわね。ユリウス王太子殿下の婚約者の時は勝ったのに。」
「わたくしは貴方と違って汚い手を使わなかったわ。ユリウス王太子殿下を誘惑なんてしなかった。わたくしはわたくしの出来る事をやっただけ。学生の時と同様に。」
イレーヌは悲し気な顔をして、
「わたくしは王妃になりたかったの。その為にはユリウス様を誘惑して、貴方を油断させて。必要だったのよ。そして、ディード様に貴方が婚約しないようにしたのに…」
「残念だったわね。」
「ユリウス様はマリウス大公家の大公になるわ。わたくしは大公夫人。王妃にはなれなかったけれども、わたくしは大公夫人として出来る事をやるつもり。これからも、わたくしと仲良くして下さるかしら。それが王妃となった貴方にとって、王妃の器というものだわ。」
「そうね。利用できる物は利用する。それが王妃の器。解ったわ。これからもよろしくお願いするわね。イレーヌ。」
「精一杯お仕えします。エルディア様。」
エルディアは本来の人生をディードのお陰で変える事が出来て、今度は王妃としてマリウス王国の為に尽くした。
ディード国王との仲は良好で、二人の間には3人の王子が産まれて、王国は二人の手腕で更に栄えた。
イレーヌは大公夫人として、エルディア王妃を支えた。
「おかしいわね。わたくしが王妃になるはずだったのに。とても悔しい。
でも、マリウス王国が発展するならば、どんな形にしろわたくしは頑張るわ。」
エルディアとイレーヌはなんだかんだと言いつつ、生涯、仲良い友人として過ごしたと言う。