怪物討伐を命じられたが、不自然な点が多すぎる
ある平日の昼。街から離れた郊外にある陸上自衛隊の駐屯地は昼休みの真っただ中だった。
駐屯地敷地内に建ち並ぶ三階から五階建ての隊舎では、そこに割り当てられた部隊の人員達が昼食後の休憩を取っている。
この駐屯地の普通科連隊に所属している園田もその一人であった。
園田は部隊の休憩室となっている会議室に入ると、普段とは違う異様な雰囲気に一瞬動きを止めた。
室内では、一足先に昼食を終え食休みに入っていたであろう部隊の面々が一様に、テレビに釘付けなっていたのである。
「分隊長、何かあったんですか?」
時折、どよめきの声を上げる集団の最後尾にいた直属の上官である川本に声を掛けた。
「ああ、園田か・・・テレビを見てみろ。」
「はあ。」
川本に促されテレビを見る。
映し出されていたのは、駐屯地から五キロほど離れた所にある街のメインストリートを上空から撮った映像で、その中央では灰色をした四足歩行のクリーチャーが警察の機動隊員と思われる人物を口にくわえて振り回していた。
「こんな時間からモンスター映画なんて珍しいですね。」
「いや・・・これ、マジの奴だ。」
園田のすっとぼけた発言に川本は画面を見たまま答えた。
「はい?」
「おい!非常呼集だ!荷物を持って再度集合!」
いつの間にそこにいたのだろうか、幹部が会議室入り口で大声で指示を出す。
その場にいた者達は弾かれたように部屋を飛び出すと、個人装備などが置いてある更衣室や宿舎へと我先に向かった。
静まり返った市街地を走行する二輌の軽装甲機動車とその後ろを追従する一輌の高機動車。
幹部の指示の後、目が回るような勢いで出動準備が行われ、駐屯地を出発した園田は二輌目の軽装甲機動車の後部座席で大柄な対物ライフルを抱えながら、自らに与えられた任務を思い出していた。
園田達の任務は市街地で暴れまわっている怪物の討伐であり、その中で園田に与えられた役割は、指定されたポイントにて待機し、別動隊によっておびき出された怪物を手に持っているライフルで射撃するというものだ。
しかし、怪物討伐とは出来の悪い冗談にしか聞こえないが、実際に部隊が動いている以上事実であることには間違いない。
ただ、考えれば考えるほど不自然な点が多いような気もする。
まず、怪物の詳細について幹部連中は正体不明の一点張りだ。
そして、数カ月前に納入されたこの対物ライフル。確かに陸上自衛隊はこの手のライフルを保有しているが、それは特殊部隊の話だ。何故こんな片田舎の一般部隊に?
何やら話が出来過ぎていると言えば出来過ぎているが、偶然だと言えば十分偶然の域だ。
まあ、偶然ではないと言われてもどうというわけではないのだが・・・
「こちら陽動班!対象が想定外の進路を取った!そちらへ向かっている!」
無線機からまくし立てるような声が響く。
それと同時に耳障りなエンジン音に混じり雄たけびのようなものが聞こえる。
「あ・・・っ!」
ドライバーの短い叫び声とともに車輌が頭を左に振り、急停止する。
次の瞬間、側面の小さな窓の向こうにいる先頭の車輌が横に転がり、影から複数の触手のようなものを頭部に生やした四足の怪物が現れた。
横転した軽装甲機動車とほぼ同じサイズのそれは咆哮を上げると、獣のように駆け出し園田の乗る車輌の真横を走り抜けていった。
「で、でけぇ・・・」
「一号車、大丈夫か!?」
唖然とする園田をよそに助手席に座る川本が無線で安否確認を始める。
「・・・こちら一号車、怪我人はいないが復旧に時間を要する。」
「こちら小隊長、二号車は任務を続行。一号車については車輌を残置し高機(高機動車)に乗車。」
一号車からの報告に小隊長の淡々とした指示が飛ぶ。
「了解。前進開始。」
幹線道路に繋がる広い交差点。射撃地点であるその場所で園田は道路と歩道を隔てる生垣に身を隠すように伏せてライフルを構えていた。平時でこんなことをしていれば危険極まりない上、完全なる不審者で通報は確実だが、今は有事で住民の避難は済んでいる。
そして、五十メートルほど離れた位置には同じように一号車の射手が銃を据えていた。
「射手、弾込め。」
隣にいた川本から小隊長の指示が伝えられる。
「了解、弾込め。」
園田は復唱し、一二・七ミリ弾の詰まった弁当箱のようなサイズの弾倉をストックの給弾口に装着した。
銃声と凶暴な咆哮が近づくにつれ心拍数が跳ね上がっていく。
園田は親指を安全装置に掛け、スコープを覗き込んだ。
「安全解除。」
川本の発声と同時に安全装置を解除し、引き金に指を掛ける。
スコープ内に怪物が飛び込む。
「各個に撃て!」
強い口調で指示が伝えられ、反射的に引き金を引く。
強めの反動とともに耳栓越しに轟音が響く。
跳ね上がった照準が元の位置に戻ると、頭部に命中はしているが怪物は倒れることなくこちらに突っ込んできている。
「・・・っ!」
すかさず二発目を叩きこむ。
照準が下がり切る前に怪物の身体の一部がスコープに映りこむ。
奴はまだ健在でもう目の前に来ている!三発目、間に合うか・・・!?
「・・・え?」
思考に諦めが勢いよく混じり始めたとき、スコープに意外なものが飛び込んで来た。
怪物の横っ面に激突する軽装甲機動車。
小ぶりながらも約四トンもの鉄の塊に脇から突っ込まれた怪物は、いともたやすく吹き飛ばされアスファルトの上に転がった。
すぐさま起き上がろうとする怪物。
しかし、身体から黒い体液の飛沫が上がる。
一号車射手からの射撃だ。
「園田、撃ち続けろ!」
川本から指示が飛ぶ。
「了解。」
残った弾を怪物に叩き込み、空になった弾倉を外す。
「五発!」
新しい弾倉が渡され、それを装着し再び撃ち始める。
身体中に一二・七ミリ弾を浴びた怪物は体液をまき散らしながらもがき苦しみ、やがて動かなくなった。
「撃ち方止め!」
号令が掛かるが、対物ライフルの弾はとっくに切れていた。
「前へ。」
そう言って川本は小銃を構えてゆっくり進みだした。
園田も右足のホルスターから拳銃を抜き後に続く。
黒い体液の中に横たわる怪物は、攻撃による損傷も相まって吐き気を催すほどのグロさだった。
「一体何なんだ・・・」
「生物兵器何かか?」
「いや、異世界から来た生き物だ。」
怪物を取り囲む隊員達は銃を構えたまま各々の意見を述べる。
「・・・ん?」
隊員達に混じって怪物を観察していた園田が何かを見つける。
「分隊長、こいつの首、なんか付いてます。」
「首?・・・あ、ホントだ。」
「あれは桜・・・」
「全員、下がって!」
園田の発言を遮るように背後から拡声器によって増幅された声が響く。
驚いて振り向くと三台の化学防護車がこちらに近づいていた。
指示通りに怪物から離れると、化学防護車は怪物を隠すように停車し、中から防護服で全身を固めた隊員がパラパラと降りて来て慌ただしく作業を始める。
「お疲れさん。」
防護隊の作業を遠巻きに見ていた園田達の元に、小奇麗な迷彩服を着た白髪の男がにこやかに声を掛けてきた。
「お疲れ様です!」
襟についている連隊長クラスの階級章を見て周囲の隊員達はすぐさま敬礼をする。
「うむ。諸君、よくやってくれた!」
白髪は答礼をし、力強く労った。
「・・・ところで。」
そして、頷きながら隊員達の顔を見まわすと園田と川本に向き直る。
「はい、何でしょう?」
「先ほど対象の頭部をまじまじと見ていたが、何かあったかね?」
にこやかな感じで聞いているが、目は笑っていない。
「桜の・・・」
「いいえ、何もありませんでした。」
園田の発言を遮り、川本が言い切る。
余計なことは言うな。・・・ということらしい。
「本当に?」
さらに念を押す白髪。
「はい、何も見てません。」
「そうか。なら良いんだ。」
川本の答えに納得した白髪の目に笑みが戻る。
そして、エンジン音とともに所属中隊の高機動車が到着した。任務に随伴していた車輌とは別の物だ。
高機動車の助手席側のドアが開き、中隊長が下車をした。
「あ、お疲れ様です。・・・お前らよくやった!急ぎで申し訳ないけど、乗車。」
白髪に気づいた中隊長は敬礼をし、隊員達を労うと高機動車に乗車するよう指示を出した。
「しかし、武器と車輌が・・・」
「残置でいいから早く乗れ。」
隊員の一人が意見するも、中隊長は軽くあしらい乗車を急かす。
「はあ・・・」
普段は絶対に出ない異例の指示に隊員達は首を捻りながら乗車し、高機動車は駐屯地に帰隊した。
その後、残置した車輌が部隊に戻って来たのだが、どういう訳か全て新車にすり替えられていた。そして武器に至っては戻って来ることはなかった。
この任務に関してはあまりに謎が多いのだが、上官からは聞くなと言われ人に話すなとも言われている。
ただ、あの時怪物の首に見たのは、陸上自衛隊の所有物であることを示す〝桜のマーク〟だった。