犯人は名ピッチャー?!
良く晴れた一日だった。
空から巨大な何かが落ちてきた、あの瞬間までは何もかもが完璧だった。
高校生活最後の甲子園に主将として出場することになった俺は、優勝旗を持って開会式のグラウンドに足を踏み入れる。この優勝旗を手にした時には偉大な先輩たちの力があった。しかし今年このチームを率いるのは俺だ。
俺の力でこの優勝旗を再び手にすることができたらきっと、昨年以上の喜びを得られるに違いない。それに花蓮さんだって振り向いてくれるはずだ。
一学年上の元マネージャー・花蓮さんは今年の春に卒業し大学に進学した。
しかし今年の大会も応援に来てくれるそうで、もし俺がノーノーを達成したらキスをしてくれるって約束だ。
なんとしてもノーノーを達成しなくてはならない。
いつの間にか出場校が出そろっていたようだ。全員で揃って前に出ようと足を踏み出した、その瞬間、誰かが上を見上げて声をあげる。
先ほどまで晴れ渡っていた空が、なぜだか突然暗くなった。
不思議に思って上を見上げたところで、俺の記憶は途切れている。
「-リア、カナリア!」
名前を呼ばれてはっと目が覚める。
「お父様…?」
カナリアの名を呼んでいたのはカナリアの父・イオラニだった。イオラニは、目が覚めたカナリアを思わず抱きしめる。
「良かった、カナリア…目が覚めなかったらどうしようかと思った」
父の隣には母・イリマの姿もあった。目の周りが赤く腫れており、ずっと泣いていたのだということが分かる。
「カナリア…ずいぶんうなされていたけど、悪い夢でも見ていたの?三日間も眠り続けていたのよ」
「三日間も?!ということは、わたくしの誕生日は終わってしまったのですね…」
半日もかけて身支度をしたのに。この国の女性は16歳をもって成人となるため、16歳の誕生日というのはどこの家庭でも盛大に祝うものだった。
「誕生日の祭典ならまたやろう。心配しなくていい。新しいドレスや宝石もそろえて、前回よりももっと盛大にやろう」
イオラニはカナリアを抱きしめたまま、背中をポンポンと叩く。父の癖は変わっていない。前世の父も、いつまでも俺を子ども扱いしていた。
…俺?
カナリアは混乱した。自分の中に、カナリア・アーネラ・ロアディンではない記憶が確かに存在していたからだ。野球というスポーツに青春を捧げていた少年。彼の名前は道野龍。カナリアは、前世の自分の姿を明確に思い出していた。
この世界には野球というスポーツはない。いや、そもそもボールを投げるという概念すら存在しないのだ。でも、確かにあの時頭にぶつかったものはボールであった。
「お父様、わたくしを襲ったのは一体…」
カナリアの言葉に、イオラニは悔しげに唇を噛んでうなだれた。
「カナリア、ごめん。まだ捕まっていないんだ。国を挙げて犯人を捜し出そうとしているのだが、武器なども不明で…」
カナリアにデッドボールを食らわせたボールは見つかっていないらしい。誰にも気づかれずに公爵家の庭園に侵入し、誰にも気づかれずにボールを投げ、誰にも気づかれずにボールを回収するなんて。
相手は身体能力が高そうだ。あのボールは、ゆうに160km/hを超えていた。ただの体感だけれど。
もしかしたら自分と同じように前世で甲子園に出場していた誰かがいるのかもしれない。さぞかし名のあるピッチャーだったのだろう。でも、どうして俺にボールを投げたんだ?
分からないことだらけだ。
「お父様…皇子はお元気ですか?」
この国の皇太子。アイラッド皇子。カナリアの婚約者で幼馴染で、弟のような大切な存在。カナリアが狙われたということは、皇子も狙われた可能性がある。
「ああ、皇子については心配ない。護衛を増やしているようだけれど、特に何も起こっていないし、カナリアのことをとても心配していたよ。毎日顔を出してくれてね…そろそろいらっしゃるんじゃないかな」
噂をすれば、といったタイミングで、部屋のドアが勢いよく開け放たれた。
「カナリア!目を覚ましたんだね!」
皇子の顔には見覚えがあった。婚約者なのだから見覚えがあって当然なのだけれども、そうじゃない。
彼は俺が通っていた敬愛学園の1年、観月藍良だ。中学時代は速球派として有名なピッチャーだった。