俺が異世界転生する目的は
陽射しが強く熱気に覆われる夏の昼。
俺は妹の飛鳥に付いて街を歩いていた。
花柄のワンピースに肩に掛けられた手提げカバン。
「お兄ちゃん! 早くしないと売り切れちゃうよ!」
背後を歩く俺に妹が小さく頬を膨らませる。
なんて事はない兄妹の買い物だ。
自宅から最寄りのスーパーが特売セールをやっている。
飛鳥の目的は限定スイーツでもなんでもない、安売りの食品だ。
親の居ない未成年が手当で食べるには、どこかで節約しなければならない。
もう少し飛鳥には贅沢をさせてやりたいが、まだ俺は法律でバイトを許されていない。
融通して欲しいとも思うが、魔法使いの家系は二十歳未満の労働を禁じている。
「分かったから、お目当ての商品は?」
「鳥の挽肉とたまご、玉ねぎにパン粉と小麦粉!」
どうやら今日はハンバーグらしい。
それともメンチカツだろうか?
夕飯の楽しみが増えたことで、歩く速度を早めた時だった。
飛鳥の真後ろの空間がねじ曲がり、白い腕が飛鳥の右腕を掴んだのは。
「飛鳥!」
驚くよりも早く、俺は叫んで走っていた。
魔法使いにとって魔法的現象は日常的光景のおかげか、それとも嫌な予感が勝っていたか?
「お兄ちゃん!」
掴まれた右腕を引っ張りながら飛鳥は叫ぶ。
ねじ曲がった空間からもう片方の白い腕が飛び出して、見た事もない魔法陣が掌に構築される。
速い! 驚くよりも反応するよりも速く魔法陣が呻る。
俺は足を止めず、このまま突っ込むために防御魔法陣を展開させた。
それがいけなかったのか、白い腕から放たれた漆黒の槍が飛来してバリィーン! 甲高い音が耳を打ち身体に衝撃が襲う。
そして様々な悲鳴が入り混じる中、俺は地面に仰向けに倒れ空を見上げていた。
「あ、れ?」
「いやぁぁ!!」
飛鳥の泣き叫ぶ声が聴こえる。
ゆっくりと視線を動かすと、漆黒の槍が俺の胸を貫いていた。
痛みも感覚も無い。ただ、身体から何が抜け落ちていく感覚だけ。
死ぬ。ここで俺は死ぬんだと悟った時には、手を飛鳥に伸ばしていた。
「あ、す、か……っ」
最後に目にしたのは、ねじ曲がった空間に引きずり込まれる飛鳥の姿だった。
例え転生しても必ず、お兄ちゃんが見つけ出してやるからな。
▽ ▽ ▽
「ここは!?」
気がつくと俺は白い空間に居た。
「俺は確か……そうだ、胸を貫かれて」
視線を下げると有るべき傷が無い。
ゆっくりと手を胸に当てると、心臓の鼓動が聴こえない。
「……死んだの、か?」
紛れもない致命傷だった。
魔法が存在する世界とは言え、致命傷を受ければ普通に死ぬ。
その例に漏れず俺も死んだ。
「珍しく冷静ですね」
背後から聴こえた声に振り向くと、そこにはドレスを着た女性が立っていた。
見た目も人と代わりない、拍子抜けするほどに特にこれといって印象にも残らない女性だ。
「失礼な人。神様に対して印象に残らないだなんて」
「か、み?」
いまこの女性は神様と言った。
「そう、神様です。あなたは死の直前に願いましたね? 例え転生しても妹を見付け出すと」
「そうだけど。……飛鳥は無事なのか? 居場所を知ってるのか!」
不思議な白い空間に突然背後に現れた女性が神様と名乗る。
色々と疑問は有るが、そんなことよりも飛鳥の安否だ。
「彼女は無事です。ですが、もうこの世界には居ませんよ」
「この世界には居ないって、あの空間は別の世界から干渉されたって言いたいのか?」
「そうです。飛鳥さんはモンスターがひしめく異世界に連れ攫われましたわ」
よりにもよって異世界に飛鳥が連れて行かれた。
それに俺はもう死んでる。
俺が出来る行動は転生して飛鳥を追うこと。
だけど、それは本当に転生が可能なのかによる。
「……俺は転生して飛鳥を追いたい! あんたは神様なんだろう! 頼む、たった一人の家族なんだ!」
俺は神様に向けて土下座して頼み込んだ。
飛鳥を救える入り口に立てるなら安い対価だからだ。
「……それは可能ですが貴方は魂の状態です。異世界で行動するには誰かの肉体に魂を割り込ませることになるでしょう」
「それは、元の身体の持ち主に影響はないのか?」
影響が無い。そんな都合の良い話しなんて有るはずがない。
俺の魂が入ったらどうなるんだ?
「元の身体の魂は追い出され、そのまま死後の世界に連れて行かれるでしょう。死の概念が肉体から魂が離れた状態である以上は、その者の人生に終わらせることと同義ですわ」
「……それじゃあダメだ」
他人を殺してまで飛鳥を救うことに意味がない。
誰かが傷付くことを一番嫌う優しい飛鳥がそれを望まない。
「何か他に方法は無いのか? 例えば俺の肉体をこのまま異世界に転生させるとか」
「不可能です。異世界にある程度成長した肉体を持ち越して転生した場合、世界の修正が働き誰かが一人消滅しますわ」
「……他に方法は? 誰かを犠牲にせずに済む方法は!」
訴える俺に神様は笑った。
「失礼。少しだけ、意地悪をしてしまいました。少々酷ですが、あなたを異世界に産まれ直させる方法があります。過去に干渉する形になりますが、飛鳥さんが連れて来られる日に合わせて転生するというのはどうでしょう?」
産まれ直せば今世の俺は消える。
飛鳥のお兄ちゃんだった俺という存在は既に死んでる。
それでもこの魂が飛鳥を救うために転生できるなら、俺は産まれ直しを選ぶ。
例え飛鳥にお兄ちゃんだと認識されずとも、妹が幸せに生きられるならそれで良い。
「分かった。その方法で頼む」
「そうですか。なら選別に転生特典などは如何ですか? 謂わばチート能力ですけど」
「……そんなのは要らない。異世界にも魔法が存在するなら異世界の法則とルールで挑みたい」
これは直感だが、異世界に現代の知識を持ち込むのは非常に危険な気がする。
異世界から現代に干渉する魔法使いが居るんだ。誰かにその知識が悪用されないとも限らない。
「分かりましたわ。次にあなたが目覚める時は、新たな人生の幕開けとなるでしょう」
神様がそんな言葉を言いながら、掌をかざすと急激な睡魔が襲う。
きっとこれが転生の準備というやつだろう。
なら飛鳥を助けるためにも、俺は異世界で強くならなければならない。