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ナタリーが何か言う前にキッチンの方からレイが「何の匂いもしなかったぞ」と歩いて来る。
……ワッツ!?
私は思わず心の中で叫んでしまう。驚きすぎて言葉が出てこない。
代わりにナタリーが口を開く。
「じゃあ、お嬢様が言っていた悪臭って何だってんですか?」
私が聞きたい。どうしてレイは平気なの?
臭いが勝手に一人で歩いてどっかに行ったのかと疑いたい。
そんなファンタジーを超えたファンタジーみたいな話あるわけがない。だって、臭いには意思がない。
当たり前のことを頭の中でぐるぐると考える。困惑している私にレイは「本当に臭かったのか?」と疑いの目を向ける。
どうして私がそんな風に見られないといけないのよ!!
私も負けじとレイを疑うようにして見つめる。
「鼻がおかしいんじゃないですか?」
「それはこっちの台詞だ」
「じゃあ、ナタリーを派遣しましょう」
「賛成だ」
「どうして私なんですか!」
私達の提案にナタリーが声を上げる。
ナタリーからしてみれば、レイか私かっていう究極の二択だもんね。しかもレイはセオドアの右腕で私は主。……気まずッ!
「このキッチン臭い問題を公平にジャッジするにはナタリーしかいないじゃない」
「臭かったら誰を恨めばいいんですか」
「レイ様」と「こいつ」とお互いを指差しながら声が重なる。
責任転嫁のし合いをしている私たちを呆れた様子で見つめながらナタリーはため息交じりに言葉を発する。
「なんかお二人とも仲良いですね」
確か、セオドアにもそんなようなことを言われたわね……。
喜んでいいのかどうかよく分からない。
「じゃあ、とりあえず行ってきます」
「健闘を祈る!」
「……死ぬ前に助けに来てくださいね」
ナタリーは眉間に少し皺を寄せながら嫌々キッチンの方へと向かった。
もし、これで臭いがしなかったら私だけが辛い思いをしたことになる。せめてナタリーは私の味方でいて。
「どんな臭いだったんだ?」
「う~~ん、吐き気がするような……。気が遠くなるような臭いです」
「抽象的すぎて分からん」
なんて説明すればいいのか分からん。
私ももっと上手にレイにあの時の臭いを伝えたい。
けど、言葉では言い表せないような酷い臭いだった。鼻の奥までツンッと刺激が来て、呼吸しずらくなるような臭さ。
思わず涙目になったもんね。
嫌いな相手に向かってあの刺激臭の入った爆弾を投げたら勝利できるに違いない。
「いきなり臭いが消えたのか、シアラにしか分からなかったのか……」
名前を呼ばれたことに対して少しドキッとしてしまう。
それに、レイは私の発言に対して真剣に考えてくれている。自分が実際に行って、無臭だからといって私の言葉を嘘だと捉えない。
……こういうところが女の子に人気ある秘訣なのかな~。
私が死ぬまでに、彼の火傷を全て治せるぐらいの魔法を扱えるようになりたい。
レイを横目で見ながらそんな風に思った。




