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突然、「シアラ?」と私の名を呼ぶ澄んだ声が聞こえた。
私はその聞き覚えのある声に反応して、ゆっくりと振り向く。
「レイ」と彼の名前を呼んでしまう。その後に急いで「様」と付け足す。
まさかこんなところにいるとは思わなかった。
……幻覚? さっきのケーキに幻覚を見させる薬でも入っていた?
目をこすってもう一度、彼が本当にいるのかを確かめる。そんな私をレイは訝しげに見ている。
…………本物だ。目の前にいるレイは幻ではなさそう!
良かった、私は正常だ。危うくやばい人認定されちゃうところだったよ。
「何やってんだ?」
「いや、こんなところにいるはずないと思って……」
「ちょっと気になって寄ってみた」
私はその言葉に「何が?」と首を傾げる。
「分かんねえのならいい」
「うん、分からない」
塩対応なレイに私は頷いた。
無理に聞く必要はない。気にはなるけれど、レイに追及したところできっと彼は教えてくれない。
……リアムだったら、押せば教えてくれるんだろうけど。
正直今は、レイよりもこの家の中に入ることの方が重要だ。内装は一体どんな感じにしようかな……。
そんなことを考えるのが楽しい。資金があるって素晴らしいわね……。
親ガチャが失敗だったって思った日もあったけれど、今になれば親ガチャ成功だったのかも!
そうじゃないと、今私はこんな自由に自分のしたいことを出来ていない。少しは両親、じゃなくて父に感謝する気持ちを持っておこう。
「よし! 入ってみよっと!」
私はレイに背を向けて、ゆっくりと鍵穴に鍵を差し込み回す。
新しい居場所を築くための第一歩だと思うと心が躍る。ここを開くと私の人生が何か変わる気がした。
ガチャッと音が鳴り、鍵を丁寧に抜いた。ドアノブに手をかけたのと同時に、ナタリーは「気を付けてください」と私に声を掛けた。
「気をつけるって何を?」
私がそう言うと、ナタリーは私の傍に寄ってきて耳元で囁いた。
「レイ様はお嬢様のことを心配して来てくださったのだと思います」
「どういうこと?」
「……お嬢様って意外と馬鹿ですね」
わお! 案外はっきりと言うね、ナタリー! 否めないのが悔しい!
呆れた表情を浮かべたままナタリーは言葉を付け足す。
「もしこの中に不審者がいたらどうするんですか? 私は護身術を心得ておりますし、お嬢様を守ることは出来ます」
「ま!?」
まじ? と言いたかったが、驚きのあまり声が出なかった。前世の現代っ子みたいな話し方をしてしまう。
ナタリーがそんなに強いなんて聞いていない。護身術を心得てるの?
うちの家のメイド全員、そんなに強いの?
それともナタリーが例外なのかな……。私を守る、ってすっごい男前な言葉だ。後ろに婚約者の立場がなくなっちゃうよ。
「お嬢様はもっと危機感を持って下さい」
「うん、私も護身術ならうね」
そうじゃないんですが、と言いたそうなナタリーを遮って、私は家の扉を開けた。




