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そりゃ人が変わったからね、とは言えないまま私は「へへっ」と絶妙に気持ち悪い笑顔を浮かべて誤魔化す。
なんだかナタリーを騙しているような気持ちになってしまう。
けど、前のシアラも今のシアラも同じだ。ただ、前世を思い出しただけ。
もし、前世を思い出さなかったら、今よりもっと惨めに死ぬことになっていたんだよね……。
けど今は、ヴィジュアルが最高のレイと婚約したし、これから自立するし! 晴れて、二年後には死を迎えるのよ!
あ、でも、まだ一番の試練が私に残っている。レイを笑顔にさせないと……。
「……お嬢様に死んでほしくないです」
「ん? 何か言った?」
馬車のガタゴトという音に邪魔され、さらにナタリーの声が小さすぎて、彼女が何を言ったか全く聞こえなかった。
ナタリーは「いいえ、何もないです」と穏やかに笑みを浮かべた。
私はそれ以上追及せずに「そっか」とだけ呟き、外の景色を楽しむことに集中した。
前は街に入る前に馬から降りて歩いて街の中を徘徊していたけれど、今回は違う!
馬車に乗ったまま、街へと入っていく。前来た時と特に変わっていたのに、馬車に乗っているだけでなぜか見ている景色が違うように思えた。
これがお金持ち効果? ……馬車って凄い!
ウマを一頭から二頭にして、人を乗せる籠を付けるだけで、こんな妙な優越感を味わえる!!
暫く進むと、リアムのケーキ屋さんが視界に入って来た。
「あ!」と思わず声を出してしまう。
「どうかしました?」
「馬車を止めて!」
ナタリーの言葉を無視して、私は小さな窓を開けて、御者に向かって叫んだ。私の声が届き、馬車はゆっくりと停止する。
流石公爵家の御者なだけのことはあるわね。こんなに丁寧に馬車を止めるなんて思ってみなかった。
もっと荒い停止の仕方をするのかと身構えた自分が恥ずかしい。
「どうしたのですか?」
「ここ、知り合いの店なの。ケーキが頬っぺた落ちるぐらいに美味しいのよ! 時間はまだあるんだし、食べていこっ」
私は興奮気味に混乱しているナタリーに簡単に説明した。
リアムはいるか分からないけれど、あのケーキの味は忘れられない。
あのケーキをもう一度食べれるのかと思うと、よだれが垂れそう……。それぐらい胃袋を掴まれた。
「知り合いって……、いつお知り合いになったのですか?」
「前に街に来た時かな」
ナタリーは呆れた表情をしたまま固まった。もう私に突っ込むのは疲れたのか何も言わない。
私が街に馬に跨いで一人で来たことは知っていただろうけど、まさか街の人と仲良くなっているとは思わないよね。
街の人たちと楽しそうに会話しているシアラが想像つかないのだろう。なんたって、前までのシアラはホワイト家で虐められていたと言えども、かなりプライドが高かった。
卑しい血を受け継いでいるくせにどうしてあんなに自分のことを高貴な女だと思っているんだ、って家族から散々言われていたもんね。
確かにあの時のシアラの様子を思い出すと、そう言われて当たり前だ。
我こそナンバーワン! 世界の中心でシアラが存在する!
そんな強靭なメンタルを持っていた時代を懐かしく思う。……あの頃にはもう戻れないな。




