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「ふぅ、スッキリしました」
私がそう言うと、セオドアは我慢していたのか、手を口元に当てて肩を揺らしながら盛大に笑いだした。
これが無音の爆笑か……。
レイは少し戸惑いつつも「それは良かった」と反応する。主人がこんなにも笑っているのに、レイは笑うことはないんだね。
これでもうこの屋敷でなめられることもないだろう。なんたって、公爵夫人に鼻フックしたんだもん。
余計恨まれるかもしれないけど、流石に何もしてこないはずだ。
セオドアにも私の存在は知られてるし、私をこの家から追い出すことなんて出来ない。ついに義母に勝つことが出来た!
「妻を寝室に連れて行ってくれ」
父はまだ状況が理解出来ない様子だった。ナタリーは「承知しました」と言い、義母を抱える。そして、エミリーとブレナンも支えるように席を立ち上がる。
彼らがこの部屋から出て行くまでに、セオドアは呼吸を整えていつもの顔を作る。
心なしかどこか表情が緩んでいるように思えた。
「いいものが見れた」
あ、言っちゃうんだ。
王子があっさりと私の奇行、というよりやりすぎた親孝行を「いいもの」と認めてしまう。
セオドアの言葉に父は返答に困っている。
「婚約を認めていただき、ありがとうございます」
「……ああ」
頼りない返事。こんなに誰にも祝われない婚約なんてむしろ珍しいわよね。
まぁ、一応これで一件落着よね。
「スッキリしたのか?」
父が私へと視線を向ける。怒られるのかと思ったけれど、彼の瞳からは怒りを感じられない。
「ええ、一応」
「そうか」
「もっと色んな技を繰り広げた方が良かったですか?」
「いや。……俺のことも殴りたいなら殴れ」
想像もしていなかった父の言葉に驚く。
父がМ気質だったとは知らなかった。けど、残念ながら私にそういう趣味はないんだよね。
それに、別に私は義母のことを恨んであんな行動に出たのではない。ただ、今の状況がこれ以上悪化しないように事を上手く収めたかったのだ。……少々強引なやり方だったけど。
品性にかなり欠けていたから、最初で最後の鼻フックにしておこう。
「やめておきます」
そう言った後、シアラの言葉が頭に流れ込んでくる。私はそれをそのまま口にした。
「……ただもう二度と私を要らない子だなんて言わないで」
幼きシアラに唯一血のつながった父からかけられた言葉。さらに、大人になったら「娘じゃない」って言われて、本当に過酷な人生よね。
「すまなかった」
父は深く私に頭を下げた。いいよ、と私は呟く。反省して謝っている人間をこれ以上責める必要はない。
私と父はセオドアとレイを見送る為に、外へと出る。
朝っぱらから大変だった。もう気持ちは夜だ。今すぐベッドに入って、深い眠りにつきたい。ぐっすりと眠れそうだ。
「今日も楽しかったぞ」
セオドアは満足気な表情を私に向ける。
「私もそれなりに楽しめました」
「……レイの婚約者にしておくのがもったいない気がしてきたよ」
「こいつを扱うのはなかなか厄介だと思いますよ」
レイが話に入り込んでくる。
彼の口調はどこか自分の獲物はたとえ王子でも渡さないと言っているように思えた。
「あ、こいつって言った! 私これでも婚約者なのに」
「お前は野放しにすると危険だろ」
「否めないのが悲しいよね」
「いや、そこは否め」
「やっぱり、君たちは相性がいいみたいだ」
私達のやり取りにセオドアは嬉しそうに微笑む。父もさっきよりは随分表情が穏やかだ。
これでシアラの人生は大幅に変わった。もう、小説の中の超悪役ではなくなる。
愛のない婚約でも、私はイケメンをゲットしたのだ。




