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「で、ですが」と、義母は諦め悪くまだ反論しようとする。
その勇気だけは認めよう。
一体どれだけ私を婚約させたくないんだ。こんな美人が生涯独り身なんて勿体ないでしょ!
「シアラの縁談なんて急すぎます。彼女には教えないといけないことが山積みです」
「見苦しい」
レイの声で部屋は静まり返る。義母はまさかそんな風に言われると思っていなかったのだろう。彼女は唖然と固まる。
え、レイの立場でそんなこと言っちゃって大丈夫なの?
「失礼。彼は私と一緒で口が悪いんですよ」
セオドアがすかさずフォローに入る。王子はレイの言ったことを否定しなかった。
義母は怒りで微かに震えて「な」と声を出す。きっと、「なんてこと言うんだい、この小僧!」ぐらいのことは叫びたいと思う。
普通さ、婚約ってもっと祝福されて、ハイタッチしながら「いえ~い!」ってなる瞬間なんじゃないの?
なんでこんなに殺伐としているのよ。
「私は仮にも彼女の母親です! 娘の婚約は私が決めます!」
最後の足掻きなのか、義母が大声を上げる。急に母親面する義母に私はため息をつきそうになる。
もう、なんだかエミリーが可哀想になってきた。私はチラッとエミリーの方を見る。
彼女はさっきからずっと不安と混乱がまじったような表情をしている。
ねぇ、エミリー、君はこれからここに嫁ぐことが出来るのかい?
「もうよさないか」
父は俯きながら低い声でそう言った。そして、顔を上げてセオドアとレイへと視線を向ける。
「レイ様、シアラのことをよろしくお願いいたします」
そう言って、父は頭を下げた。
嘘でしょ、父がこんなにあっさり承諾するなんて……。
自分の立場が危うくなるのを恐れてそう言ったのではないことは分かった。私への罪滅ぼしなのかもしれない。
もしかしたら、これ以上義母の醜態を晒すわけにはいかないと思ったのかもしれないけど。
「いいえ、私は決して許しませんわ」
ああ、もう! どうして、良い雰囲気を台無しにするのよ!
てか、このまま本当に婚約の話が無くなって、義母が決めたつるっぱげの性癖の歪んだ中年オヤジの所に嫁がされたらどうしよう。
そうなったら、幽霊になって呪ってやるんだから!
「じゃあ、エミリー嬢との婚約はなしにしようか」
セオドアの笑顔にその場の空気が凍り付く。
おっと、それはまずいよ。だって、ヒロインは王子と結ばれないと。
それに、そうなったら、私はこの家では絶対に生きていけない。義母に殺され、エミリーに埋められる未来が容易に想像できる。
こうなったら、私が行動に出ないと!
私は立ち上がり、義母の方へと向く。「な、なによ」と少し狼狽える義母に私は笑顔で人差し指と中指を立てて、ピースをした。
何事も平和に……、ピース!
クルッとピースを自分の方向へと向けて、義母の鼻の穴に思いっきり差し込んだ。
今までの恨みも少し入ったのか、かなり力強い鼻フックを決めてしまった。
もうこれで恨みっこなしだ!
その衝撃で、彼女は失神する。「お母様」「母上」「リリー」と皆が叫ぶ中、私は自信に満ちた勝利の表情を浮かべていた。
セオドアとレイも流石に私の奇行に目を丸くしている。
「ナタリー、ハンカチ」
ナタリーは戸惑いながらも「はい」と私にハンカチを差し出す。丁寧に指を拭く。そして、ハンカチを机に置くと、満面の笑みをセオドアとレイに向けた。




