2.
現在十六歳の私は「ファデス」という死亡率99.9パーセントの病気を患っている。
この病原体が体の中の元気な細胞を蝕んでいる。頭痛は序の口、そのうち口や鼻から血が出てきて、歩けなくなる。
そうして私は衰弱してこの世を去るのだ。悪女は誰かに退治されることなく自然消滅するってわけ。
なんとも惨めな最後である。放火されて死ぬのと同じぐらい惨めだ。
ヒロインの恋路の邪魔ばかりして誰にも愛されずに死んでいく私を哀れだと思うのか、それとも煩わしいと思うのか……。
読者だった私はシアラが煩わしくて仕方がなかった。
ヒロインはホワイト家の長女エミリー・ホワイト。つまり、シアラを心の底から嫌っている。彼女も少し癖のある性格だったけど、それでもこの物語のヒロイン。
そんな彼女にシアラは全力で嫌がらせをし始める。彼女の飲んでいるものにガラスの破片を入れるとか……。
勿論、まだそんなことはしてないよ!
この病気で倒れたのを機に、シアラはどんどん人間とは思えない行動をしていくのだ。悪魔にとりつかれたのかって思ってしまうぐらい残虐な行為をする。
しか~し! 私は記憶を取り戻してしまったから勿論そんなことはしない。
ただこれまで散々暴言を吐いてきたから、周りからは口の悪い穢れた令嬢だと思われている。
けど、後二年で死んじゃうんだから他人の評価なんて気にしない!
今はこの世界を特別席で堪能することだけに焦点を置く。
まだ私は病気だと知らされていない。小説だと今から医者が来て、診断する。
シアラは誰にも口外するなって言ったはず……。病気だなんて誰にも知られてくないもの。彼女は常に強い存在だったからね。
それにしても「ファデス」という病名の由来が作者がドレミファソラシドのファという音が好きで、英単語の死を表すdeath。
知らなければなんとも思わなかったのに、知ってからは口に出すのも恥ずかしい。ネーミングセンスを疑う。
私は両腕を上げて、グッと体を伸ばす。
思ったよりも体が軽いわ。私、本当に死に向かっているのかしら……。
『痛みはないだろう』
突然頭の中で知らない人の声が響いた。驚きのあまり声が出ない。
え? 何これ……!?
いつの間に脳の中に男を飼っていたの?
『男とは失礼な。私は神だ』
どうしよう、私、危ない薬物にでも手を出しちゃっていたのかしら。
幻聴が聴こえるなんて脳がやられている証拠だ。
シアラが薬物中毒者なんて原作にはなかったのに……。
『安心しろ。お前は正気だ。私は本当に神だ』
胡散臭すぎるけど、今は自分がまともだと信じたい!
それに、この神のおかげで今私はこの世界にいるのかもしれない。
『その通りだ。優しい私がお前をこの世界に転生させたんだ。私の慈悲に感謝したまえ』
優しかったら十八歳までしか生きられてない少女の元に転生させないでしょ。しかも、悪役。
……慈悲とは何ぞや?
神様と人間にとっての慈悲の定義が違うのかもしれない。放火で死ぬし、病気で死ぬことになるけど、神様には感謝しておこう。
『嫌味が凄いな……。まぁ、それとこれとは別だ。私も忙しいんだ。要点だけを伝えに来た』
なんて自分勝手な神様なの。絶対こんな人と結婚したくないランキング一位になれるよ!
『この小娘……。まぁ、いい。とりあえず、お前は二年後死ぬのだ』
知っている。あと、私の命は七百三十日。うるう年だったら、七百三十一日になるのか……。
『残念ながら、うるう年ではない……、じゃなくてだな。お前は死ぬが、その症状が出るだけで苦しまずに死ぬことが出来る。勿論多少の倦怠感や疲労感は出るが、それぐらいだ』
結局死ぬのね、私。
神様が突然現れるんだから、少しだけ希望を抱きかけた。でも、苦しい思いをしないのは有難い。
『死を免れる方法は一つあるが、おっと、もう次の仕事に行かねばならない! すまんな。じゃあ、頑張れ』
それだけ言って、頭の中の声は途切れた。どれだけ頭の中で応答しても返事がない。
一番大事なところを聞けなかった。気になってしょうがない。
私は盛大にため息をついて、豪華な天井を見上げた。